終極鎮魂歌《レクイエム・オブ・フィナーレ》

♪ これは英雄の歌 

  孤独な英雄の 物語


  青年は一人 そらを仰ぐ  その雲の流れは 

  時代の如く 一人 置きざりにして  

  時代は常に 英雄求めて 泣き続けてる

  戦場の火は 静まることもなく 

  荒ぶり燃えて 命喰らってく 

  猛々しく 吠え立てる

  絶望の断末魔 人々の叫びが

  青年を奮い立てる


  剣が舞う 踊る 乱舞する

  牙が鳴る 体液を撒き散らして

  剣が舞う 踊る 乱舞する

  牙が鳴る 命を燃やして

  強く


 パイプオルガンが出て来たことで、落ち着いた音楽でも流れるのかと思えば、流れたのは実に軽快な音。流れるような、速度のある軽音楽。

 首なしの裁定者さいていしゃの剣は、その音に連られるように流れて、上空の翔弓子しょうきゅうしへと振られていた。

 空を飛べない裁定者に対して、その巨躯と長身を以ってしても届かない距離からの狙撃を行う翔弓子だったが、裁定者はその鎧をまとった巨躯からは想像できないほど俊敏に、さらに高い跳躍で攻めてくる。

 跳躍して来た裁定者に、ほぼゼロ距離と呼べる至近距離から三連射。

 しかし裁定者の剣はその三つすべてを一度で叩き折り、二撃目で翔弓子に斬りかかる。

 曲のサビ部分になると剣の速度がさらに上がり、流れるように翔弓子へと襲い掛かって来た。

 壁や床を跳躍して、何度も斬りかかって来る。脅威的なのは、その滞空時間。一度の跳躍の間に三、四度の斬撃が繰り出される。

 サビに入るとその速度が増すので、翔弓子が弓を構える隙もない。

 矢を出し、弦を引き、狙いを定めて、放つ。

 この四連動作を高速でこなせる翔弓子だが、裁定者の剣はその四連動作を超えて攻めてくる。

 裁定者はただ、剣を振るだけで攻撃ができるのだ。当然の通りである。

「“時すでに遅しタイムアウト・リミッター”」

 故に発動した、時を停止させる大魔術。

 時間は七秒。その間に攻撃を叩き込む。

 撃ち込むは雷霆。八方向から、最高到達点に達した裁定者に向けて放つ。

「“真・絶対必中雷矢アナッポ・フィクストス”!!!」

 七秒で撃ち尽くし、魔術が解ける。

 目の前から翔弓子が消えただけでなく、八方向から迫り来る雷霆に、裁定者は無い目を疑う。

 そして炸裂する雷霆をその身に受けて、激しい電熱に焼かれ、雷帝に全身を切り裂かれ、落とした剣より遅れて落ちる。

 二本の剣が不自然なくらいに綺麗に刺さり、それらの間に裁定者が落ちる。

「そういえば、時間を止める魔術だったね」

 と、雷がまだ全身を走る裁定者を見て言う。

 召喚士しょうかんしが手をフッと軽く振ると、裁定者の全身を走っていた雷が振り払われて、さらに時間が巻き戻ったかのように、裂傷と火傷。矢に貫かれた傷が塞がっていく。

 翔弓子が目を疑っていると、召喚士はあぁこれかい? とこれ見よがしに手を振って。

「元々、君が使うその時間魔術は、僕のこの時間の逆転を応用して作られたからね。君のように時間を止める領域には至っていないけれど、魔力で編まれた存在である召喚獣の魔力を巻き戻して、傷をなかったことにするくらいはできるのさ」

 そんなの聞いてない、と言いたかった。

 戦いとなれば、そんなのは当然のことで、敵の情報を前もって知っている方が運のいいことなのだ。

 しかしそれにしたって、同じ国の名高い天使の能力は、知っていると思っていた。すべてを知っているなどとは思っていなかったが、しかしそれにしたって、隠されていた能力が常識外チート過ぎる。

 時間の巻き戻しをこの程度呼ばわりしていたが、しかしそれも大魔術だ。

 時空干渉系統魔術は、一歩踏み込めば生物が起こせる奇跡の領域を超え、魔法と呼称される神の領域が起こせる奇跡に相当する。

 召喚士は確実に、その領域に最も近い存在である。神の遣い魔とされる天空の一二の神獣を従えている点からも、その実力が窺える。

 しかも今、時間の巻き戻しを魔術陣なしでおこなった。すでに神域に到達している可能性すらある。

 そんな相手に勝てるのか。

 勝つことなんて、できるのか。

「どうしたんだい? 降参かな……降参するくらいなら、初めからこんな大事にしないで欲しいものだね」

「“終極鎮魂歌レクイエム・オブ・フィナーレ”」

「っと……彼はもう決めてしまうようだ。ほら、もうすぐ終わってしまうよ? 彼の言う通り、もうすぐ終極フィナーレだ」

 パイプオルガンと、彼の側で演奏し、歌っていた黒影達が消えた――次の瞬間だった。

 一斉に、オーケストラの演奏が奏でられる。壮大で、凄まじい音量の演奏が、この場一体に響き渡る。さも終極、戦いの終着を彩る。

 音楽という音楽を奏でる楽器と、それを奏でる黒影達が、一斉に姿を現して、裁定者の勝利を約束するかのような大合唱を奏でた。

 裁定者は両腰の剣を抜き、それをあろうことか、投げつけて来た。

 躱した翔弓子へと飛び上がり、その頭を捕まえて自身と共に落とし、頭を叩きつける。そして先に自身だけ落ちたとき、床に刺さった剣の一本を取り、翔弓子の翼の一枚に突き立てた。

 天使の翼は体を巡る魔力回路と密接に繋がっており、魔術によって外すことが可能だが、力づくで引き抜くことも充分可能。しかしそれは、想像を絶する痛みを伴う。

 翼を貫かれた翔弓子は、激痛から大声で泣き叫ぶ。意思を失った裁定者は、その悲鳴から翔弓子の弱点を知り、翼に突き立てた剣を捻ってさらに痛みを助長させる。

 さらにもう一本の剣を取り、もう一枚、翼を貫く。再び激痛から、翔弓子は泣き叫ぶ。

 翼に血は流れていない。だが、彼女が流す涙の量が、流れない血の代わりに、彼女の受けている痛みを物語っていた。

 何度も同じ翼に剣を突き立てられて、翔弓子は泣き続ける。

「脳の抑制さえ働いていれば、その痛みを感じることも、そうして泣くこともない。痛みによる苦痛も悲痛も、何もないんだ。やはりあれは必要なんだね――」

「苦痛を感じるからこそ! 苦痛を感じることこそ、生きていると言うことではないですか!」

 裁定者が剣を突き立てていた翼が、大量の魔力を一気に流されたことで破裂する。

 飛翔魔術の失敗の際に起こる現象だが、翔弓子はこれを裁定者からの拘束から逃れるために、自らの翼を二枚捨てて実践した。

 左の二翼を羽ばたかせて飛んだ翔弓子は、裁定者を牽制する矢を放って吹き飛ばす。

「私達は苦痛を感じ、悲痛を感じ、生きているのではないですか! 愛する人が傷付き、死んでしまったとき、泣けないなんて、苦しめないなんて悲し過ぎます! これは私達が、生きているからこその痛みです!」

「痛みはないに越したことはないだろう。痛みは知恵ある生物を怯えさせる。その怯えが自己防衛に繋がり、それが自分勝手な防衛へと進化してしまう。それが国を滅亡へ促すのさ。ならばない方がいいと思わないかい? 苦しみのない生涯こそ、真に求めることじゃないかい?」

「誰もが痛みを忘れたいと思うのは当然でしょう。だってこんなに辛くて、体がとっても重くなる……その痛みに恐怖して、一歩前に進めなくなる……でも! 忘れていい痛みなんてどこにもない!」


「痛みがあるから、私達は強くなろうと研鑽できる! 痛みがあったから、私は強くなれる! 母が愛した、あの方の死が、今も私の心に、痛みとして残っている……だけど、この痛みが、今の私から次の私へと進化させてくれる!」

「痛みによる進化? それはただの――」

 強がりだ、と言おうとしたのを、召喚士は呑み込んだ。

 感じたからだ。翔弓子の中から、何か力を感じる。

 心臓のように鼓動して、太陽のように熱い。生命の熱と例えられる、それほどの力――

 翔弓子にそのような力はない。時間操作に光の矢。確かに素晴らしい魔術師で、天使であることには違いないが。しかし、太陽などと呼べるだけの力はない。

 ないはずなのだ。

 それは翔弓子の腹からだった。

 赤く輝く煌炎が、心臓の鼓動のように脈打って輝き、燃え盛る魔力が翔弓子の体を包み込んでいく。

 太陽の弓、六光環ティファレトが赤く輝く。

 光り輝く太陽の如く煌いて、静かに燃え滾るマグマのように真っ赤な魔力が、熱く、熱く燃え上がる。

 翔弓子は矢を作る。今までの青白い、薄い光の矢ではない。真っ赤に――いや、真っ白に燃える灼熱の矢。

 翔弓子がそれを、おもむろに、裁定者に放つ。

 おもむろだったので防御する時間は悠々と存在し、裁定者は剣で防ごうとした。が、翔弓子の翼を抉った剣が、二本共々、脆く砕け散る。

 さらにその矢は召喚士にまで走って来て、即座に結界を張ろうとした召喚士のすぐ側を横切り、その熱で焼き払った。

 召喚士はすぐさまにその火を消すが、裁定者のオーケストラの異変に気付く。

 彼らの演奏が一斉に止まったかと思えば、今度は一斉に、まったく違う曲を奏で始めたのである。まるでそれは、太陽を称えるかのような、生命に溢れた曲。

 鎮魂歌なんて寂しく、命を殺すものではない。これより生まれいでる命を称え、命の源たる天空の、燦燦と降り注ぐ日光に、感謝の意を表すかのような、そんな、優しくも激しく、命の鼓動を感じさせる曲だった。

「終極が……命を閉ざす鎮魂歌レクイエムが、変わった……? 命を灯す太陽に、敬意を表して、鎮まるはずの魂が、歌っている……?」

 裁定者はかつて、深淵を冒険した、いわば死の力をその身に宿した騎士。だから首が取られようと、常人よりも長く動く体に変異した。

 故に裁定者の使う魔術もまた、深淵の影響を受けて、死の力を司る凶悪な魔術となった。裁定者の繰り出す黒い影は深淵の亡者達。音楽は裁定者の元の力の象徴を湾曲させたもの。

 今の裁定者の力を、死と呼んでも相違はない。

 そんな死が、死の魔術が、命を称えている。命の喜びを奏でている。太陽を崇拝している。

 それこそ、相手の魔術に干渉しているかのように――

 そこまで考えて、召喚士は思い出した。

 翔弓子の親個体……確か母親の方の魔術は。

「浄化、だったよね。君の母親の持つ、特別な魔力……受け継いでいたんだね。母の力を」

 そして今、翔弓子の体の中から燃え上がっている魔力も検討は付いていた。

 間違いなく彼の力だ。天界の日輪と謳われ、その後も煉獄と恐れられた。彼しかいないと思わざるを得ないほど、その魔力は、彼の形で燃えていた。

「なるほど、魔天使の炎か……浄化の力と相まって、より一層の輝きを得たんだね」

 骸皇帝がいこうてい相手に、魔天使も同じ力で対抗していた。しかしそれでは、どうしても彼本来の力が勝る。

 だけど翔弓子の場合は逆だ。元々持っていた浄化の魔力の方が、能力値は高い。故に魔天使が使った炎よりも、浄化能力は恐ろしく高い。

 もしかすると今の状態ならば、骸皇帝すらも恐れなかったかもしれない。

「だけど魔力の譲渡なんてどうやって……一時的ならまだしも、君のそれはもはや譲渡じゃなくて獲得だ。少なくとも、魔天使の遺伝子を体に宿さない限りは……まさか、天使を喰ったのか? いや、違う……ま、さか……」

 それ以上の推察と考察を、翔弓子は許さなかった。

 三連射。浄化の炎が矢となって走る。

 裁定者が剣を振り下ろして迎撃を試みるが、剣が砕けて裁定者の腕諸共吹き飛ばされる。

「なんて威力……!」

「あの方の死が、私に力を与えてくれた。あの方を思わなければ、思う心がなければ、私はこうして、あなたと向き合うことすらできなかった。私は今、とても強く信じています。どんな痛みにだって耐えられる、心の強さを!」

「その力は、君のスペックを超えているよ……そんな力を出し続けて、君の体は持つのかい?!」

 裁定者が、残り一本の剣を握り締め、斬りかかって来る。

 翔弓子は矢を番え、引き、構え、振り絞る。

「終曲だ、翔弓子! 君が力を使いきって倒れるか! それともこちらの力が浄化されるか、どちらだろうね!」

「負けない……負けません! これは、あの方の力です!」

 真白に燃える煌く炎が、翔弓子の右翼となって羽ばたき、飛翔する。

 翔弓子と裁定者操る召喚士、最後の攻防が、切られようとしていた。

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