時間が欲しい
痛い。痛い。
熱い。熱い。
煉獄の
一度死地を掻い潜り、なんとか生き永らえてはいる。しかし病気が促進した今の体は、時間の経過と共に衰弱していくばかり。
呼吸が苦しい。体が熱い。手が痺れている。脚は、もう満足に動けない。体がもう、生きることを諦めている。どれだけ意思を強く持ち、足掻こうとしたところで、この体はもう言うことを聞かない。
あぁここまで生きてきて、俺はあいつのために何もできなかった。
そもそもあいつを蘇生させる気なんてない。死者への冒涜だとかなんだとか、そんなことは考えないが、しかしあいつを生き返らせたところで、あいつは笑ってくれないだろう。何してんの? みたいに、困った顔では笑ってくれるかもしれないが。
あぁだけれど、だけどもう一度会いたいと思わなくもない。この体に残った病が、あいつを殺し、そして今は自分を殺そうとしている病が憎い。殺したいほど憎い。
だが、だけれど、それでも会おうとはしない。もしかしたらそれは、
肉はなく、骨身を晒して大地を歩く。死屍と呼ばれるに相応しいそれは、とても醜くて汚くて、とてもじゃないが自分がそうなりたいとは思わない。あの不死身の皇帝は、自身を差して生命の究極とかなんとか言っていたが、あんな骸になり果ててまで、生きようなどとは到底思えなかった。
だからあいつにも、そんな思いをさせたくない。いや天界には、確かに血肉を持った状態での蘇生の術もあるだろうが、しかしだからと言って蘇生させる気にはならない。
あとはそうだ、降臨魔術という術もある。過去の人間を、媒介に憑依させる禁忌にも近い魔術。それさえあれば、確かに彼女を降臨させられるかもしれないが――しかし彼女を確実に降臨させるための媒介など、数十年経った今存在しないし、したとしてもしようなどとはやはり思わない。
そうだ。一瞬でも、一瞬でも彼女を蘇生させようと思ったこともあったし、天界を乗っ取って最後の人生を生きようとも思った。
今何が欲しいかと聞かれれば、時間が欲しい。
あいつを思い出す時間が欲しい。あいつへの愛を紡ぐ時間が欲しい。あいつの言葉を再び聞ける時間が欲しい。あいつの肌を感じられる時間が欲しい。あいつと共にいる時間が欲しい。
あぁ、すべての時間が燃え尽きていく。灰と化していく。この体に宿る灼熱が、煉獄が、時間を燃やしていく。もっとあいつを想い、募らせる時間が欲しい。死が近くなって、死を待つだけになって、何度も何度もそう思う。
痛い。痛い。痛い。
熱い。熱い。熱い。
痛むほどに時が過ぎていく。熱いと思うほどに時が過ぎていく。
あぁ、時間が欲しい。この世全ての理である、消費すれば一生戻せないものが欲しい。不死は望まない。天使は人間の十倍生きるが、しかしそれよりももっと長い時間が欲しい。
煉獄の魔天使にとって、あいつの存在は大きすぎた。三百年以上生きて来て、何故十年ぽっちのこの時間が忘れられず、いつまでも心の中で燃え続けているのか。その熱を感じる度に、この心が温まるのか。
あぁ、時間が欲しい。時間が欲しい。時間が欲しい。
そして、あいつが愛しい。死とはこんなにも、寂しいものだったのかと――
「見つけました」
「……」
それは死神ではなかったし、枕元に立ってもいなかった。だがだからと言って、足元に立ってもいなかった。
それは天使で、迎えられる側も天使で、それは彼が籠る洞窟の入り口にいて、逃がさないぞと言わんばかりに入り口を封鎖していた。
自分の命を狩りに来たのだろう。そう思える表情を浮かべていた。同時、まだ覚悟が決まっていないこともわかった――いや、まだというのは違うか。彼女は最初、自分を殺す気だった。だが躊躇うように、自分がしてしまった。
失敗だったな……と吐き捨てた。無機質な天使のままだったなら、きっと彼女は躊躇なく介錯してくれただろうに。安らかに、死なせてくれただろうに。
この顔は言うぞ? 言うぞ? という期待と不安を同時に込めていると。
「立ち上がりなさい、煉獄の魔天使。あなたとの決着は、まだ着いていません」
ホラ。
「見てわからねぇか、ガキ……俺は、もう辛いんだよ。さっき兄弟の消滅を見ちまったからかな……正直もういいやって感じでさ。このまま死んじまいたいとさ……」
「許しません! 早く立ちなさい!」
脳の抑制は外したはずだが……元々、こんだけ融通の利かない奴だったってことか……? まぁ、母親譲りで安心したけどよ……そうか、やっぱりこいつ、あの天使の子供だったんだな。
「どうしました? 天下の魔天使が、
「……ハ。粋がってんじゃねぇよ、クソガキ……!」
仕方ねぇな。ま、確かにこのまま静かにくたばるなんざ、煉獄の魔天使の最期としちゃあ、みっともねぇって話ではあるか。
「丁度いい。てめぇ倒して玉座の場所、割り出すとすっか」
「虫の息のあなたに、できますか?」
「狙って来たのかこのヤロ……あぁやるよ! やってやるよ! てめぇの母親の炎で焼き尽くしてやんよ!」
四肢の先が、真白の光で燃え盛る。その背に四重の光輪を背負い、肘から火柱を噴き出して突撃の構えだ。
「“
翔弓子は静かに、ボーガンを突き付けて構える。魔天使はその様を見て、半ば呆れる様子で口角を上げた。
ホント、母親に似て不器用な奴。なんて言葉を呑み込んで。
「行くぞ……!」
「来なさい」
魔天使が最後の時を静かに迎えるため、ひっそりと誰にも見つからない場所で迎えるために見つけ出した小さな洞窟。次の瞬間にそこが崩落すると、二人は力と力を衝突させながら飛翔。山を駆け上がって、その頂上からさらに空へと飛び上がり、光と光の衝突によって一帯を突風で揺らした。
「“
「……“
灼熱の光輝と冷たい光が、衝突する。
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