我が野望は不死身なり

 我はヴォイの骸皇帝がいこうてい

 この世の絶対。

 この世の法則とも呼べる存在。

 我に仕えることそれ幸福なり。

 我に従うことこれ栄光なり。

 世界を統べる天上の者達を、唯一蹴落とせる存在なり。

 我が力は地上で絶対。

 一切の抵抗叶わず、抗うこと許されず。

 死者を従え生者を制す。

 その力、この世で唯一天上の者達に届く存在である。

――貴方様こそ、我らが求めた至高の御方でございます。骸皇帝陛下……いつか世界をその手に収め、我らに永久の栄光をもたらしてくださいますか?

 あるとき臣下の一人がそう言った。

 それはかつてとある帝国の女帝であったが、我との戦いに負けて捕虜となった後、その魔術と人としての在り方を我が気に入り臣下として迎え入れた、数少ない生者であった。

 一時は抵抗を見せていたが、次第に我が力にひれ伏し、心酔し、心より我が臣下としての中性を誓ったものであった。

 そんな女の言葉に、我は臆したわけではない。

 しかしすぐに答えることはできなかった。

 何も恐れることがないこの我が、一体何を臆したと言うのか。

 世界を統べるということか? 下らん。

 天界をもこの手に沈めるということか? 下らん。

 何も、何も恐れることなどない。臆することなどないのだ。

 答えは、自らの中ですぐさま現れていた。

――何を当然のことを言っておるか。我が臣下となったのならば、その様を見届けるくらいの気概でいるがよい。貴様に問われずとも、我は永久の繁栄をくれてやるつもりであるわ

――……申し訳ありません。言葉が過ぎました

――此度ばかりは許す。静かに、我の後ろについて参れ

――かしこまりました、皇帝陛下

 しかし奴が我が臣下として後ろを歩いたのは、いっときのことであった。

 奴はふてぶてしくも我より先に天界の戦争の参加者に選ばれ、国のさらなる繁栄を約束して玉座を巡る戦いへと赴いたのである。

 結果はその夢叶わず、途中力尽きたようだ。

 しかしその敗北が、我に生命とも言える光を与えたのだ。

 わずかなとき。わずかな働きの間のみ尽くした我が臣下。

 その臣下がもたらした、天界を統べるという野望。

 それが我の心の中でずっと残り、そして理解したのだ。

 奴は、我が心の奥底に眠っていた欲望を代弁してくれていたのだと。

 帝国を築き、何百年と皇帝であった我にもまだ、野心があったのだということを、奴は思い出させてくれたのだ。

 世界をこの手に。

 そして奴――彼女が願った繁栄を必ず成し遂げる。

 永久と思えるほどの永き繁栄を、帝国にもたらす。

 その光の中におまえをも誘い込んで見せる。

 未だ回収の叶わない、貴様の亡骸を回収して。

 天界の力さえあれば、それすら可能。我が魔術によって不死と化し、永久に繁栄を続ける我が帝国を、最も近い場所で見るがいい!

 必ず、成し遂げてみせる。

 貴様が気付かせてくれたのだ、我が心の奥底の願望を!

「“聖なる決闘イーナ・プロス・イーナ”!!!」

 激戦の中、合掌による魔力の増大蓄積を行っていた純騎士じゅんきしがレイピアを抜く。

 高々と空に向かって突き上げられたレイピアから発せられる波動と光が、骸皇帝と純騎士を取り囲んで、世界を構築していった。

 それは、石造りの闘技場コロシアム

 騎士と騎士が、一対一での決闘を行うための場所。

 周囲には純騎士の祖国エタリアの紋章が刻まれた団旗が掲げられ、無風の中で翻りはためいている。

 そして周囲を囲う席には、決闘する両者の勝敗を見届ける無数の騎士達が存在し、喝采と喝声を両者に浴びせている。

 この石造りの闘技場から無数の騎士、さらに多数の団旗まで、すべてが純騎士が発現した魔術である。

 その実態は、地上すべての魔術を網羅したと言っても過言ではない骸皇帝ですら、その効力を知ることも及ばない、エタリアの歴史上でも長きにわたって秘匿され続けて来た大魔術。

 本来魔術の素養などない現代の純騎士が繰り出せる代物であるはずはなく、歴代の騎士達が研鑽けんさんし継いできた、エタリア騎士団の歴史そのものである魔術であった。

「結界魔術……それも固有――いや、国そのものが持つ国有結界。時代と共に受け継がれ、その都度研鑽されて来た、大魔術である訳か……我が知らぬのも、当然と言えるが……」

 魔術を一通り見た程度でも、骸皇帝の骸の目にはおおよその見当がついてしまう。

 無論その効力まではまだわからないが、しかしあんなにも苦労してやっと発現させた、いわば逆転の切り札にしては力不足と言わざるを得ず、骸皇帝じぶんでは役不足だと思わざるを得ない。

 この程度の魔術に狩られるような小物と思われていることは腹立たしく、同時に解せないところであった。

 本当にこの程度の魔術で、自分を殺せるなどと思っているのだろうかと、疑問すら浮かぶほどに。

 しかし純騎士の表情を窺ってみれば、この魔術にすべてを賭けたかのような表情で、しかしその効果をまだ実感できていないと言った様子でもあった。

 やはり解せない。

 そんな不確定な魔術に頼って、ここまで命を削ったのかと。

「かのヴォイの骸皇帝を、このような狭い場所に閉じ込めることは大変恐縮であります。しかし、こちらも譲れぬものと許せぬものがありました故、切り札を切らせていただきました」

「よい、戦士の振る舞いとして当然のことと受け取る。しかしこれはどういうことか。この闘技場にもあの騎士達にも、何も魔術的干渉力を感じ取れぬ……まさかこんな場所をこしらえた程度で、我が怖じ気づくとも思ってはおるまい」

 骸皇帝の魔術が発現される。

 予備動作なし、詠唱破棄、実質的タイムラグゼロの魔術が、純騎士に迫る――と骸皇帝が思っていたのはほんの一瞬。

 次の瞬間に自身の魔力が弾けて消え、全身を通っていた魔術刻印による魔力回路を流れていた魔力が途絶えたのを知った。

 これがこの結界の効力かと、同時に知る。

「この結界、魔力を絶つか」

「この結界内ではすべての魔術は封殺され、魔術刻印もすべて制御しない。さらにこの結界には、発現者とそれが指定した相手しか入れず、外から増援が来ることもありません。完全なる一対一、すべては――」


「――剣技のみが勝敗を決する世界。これが私が唯一、あなたを倒せる切り札です」

 二人の間に、どこからか多数の刀剣が投げ込まれる。

 地面に刺さったそれらは多種多様で、骸皇帝が好きなものを選んで戦えるという仕様である。

 正々堂々を純騎士――いや、国はご所望のようだ。

 しかし意図はわかった。

 百の魔術刻印によって不死身を保っているのなら、その魔術刻印をすべて無力化してしまえばいい。

 普通は魔天使まてんしがやっていたように一つ一つを無力化、もしくは破壊するしか術はないが、しかしこの結界は別だ。

 そもそも結界とは、その限られた場所に置いて絶大なる力を発揮できるのが利点であり、その発現者は常に自らにとって有利なフィールドを持っていることと同義。

 この程度の力を持っていても、別段おかしいことではない。

 理不尽だと怒る奴はいるがそれは誤りだ。

 どのような戦場であろうと勝つのが戦士であり、自らその戦場を整えるのも立派な戦術。

 卑下するよりも、感心するべきである。

 結界魔術とはそれだけの難易度を誇る、大魔術なのだから。

 もっとも彼女はこの魔術を得るために、自らの力の大半を費やしてしまっているようではあるが。

「剣でもって勝敗を決するか……なるほど騎士王国らしき決し方である。珍妙な戦場とも思ったが、しかしこれも騎士の本懐を遂げるためのものであろう」

 そう言って、骸皇帝は剣の林を闊歩する。

 ゆっくりとその刀身を見つめ、深く吟味しているのだ。

「しかし騎士よ。まさか我が、使とは思っておらんだろうな?」

 そう言って、骸皇帝は有数の中から血が滴っているかのように美しい黒刀を選び、抜く。

 大剣や帯剣、長刀に湾刀と種類ある中で、黒刀を選んだことに純騎士は驚愕した。

 この結界内に現れる剣は、完全にランダムだ。

 純騎士自身、合計でどれだけの数が現れるのかわかっていないが、しかしその中には名刀と呼べる代物が多少混じっていることもある。

 今回出て来た合計九六本の中で、骸皇帝が選んだ黒刀は最も優れた名刀と言えた。

 それをほぼ迷うことなく選び出し、かつ躊躇なく抜いたことに驚愕した。

 今まで実戦では使ったことがなかったが、しかし自分がもしもこんな結界に入れられたならすさまじい警戒心で嘘を見抜こうと必死になり、まず剣を抜かないだろう。

 無論、今自分は骸皇帝に対して一切の嘘偽りなく言っているのだが。

「千年前……つまりは我が不死身となるよりまえ、世界にまだ魔術と呼べるものは数少なく、まだ魔術師という職すらなかった。その我らが生きるために必要だったのが三つ。財力と権力、そして――剣の技術!」


「千年ぶりと思って油断するなよ、王国の騎士! 我が最初の不死身の刻印を手に入れることが叶ったのは、我が邪龍と呼ばれる存在の首を、この剣技で斬ったからであるぞ!」

 正直、少しばかり気を軽くしていた。

 魔術さえ封じれば、魔術師相手の剣戟ならば勝てると思っていた。

 状況は、過酷さを増すばかりである。

 あぁもう嫌だ、帰りたい。

 純騎士の心の奥底に眠る否定的かつ悲観的な感情が、そう泣き叫んでいるのが聞こえる。

 しかし引くわけにもいかなかった。

 自分には今、彼を討ち取る理由がある。

 そう、純騎士は自身に言い聞かせて自らを奮い立たせた。

「エタリア騎士団副団長、純騎士。黄金の帝国ヴォイの骸皇帝、その首貰い受ける!」

「来るがいい! 我が剣にて沈められること、あの世で誇れ!」

 フィールドに刺さっていた他すべての剣が消え、相対する二人だけが残る。

 互いに互いの隙を窺い、そして自らわざと見せた隙に敵が向かってきたところに、迎撃するべく突撃した。

 つまり、同時である。

 レイピアの突きと、黒刀の薙ぎが衝突する。

 純騎士がレイピアの使い手とわかって刺突させまいと距離を詰める骸皇帝であったが、距離のない間隔でも純騎士が突けるとわかると、自身の中でベストな間隔で戦いだした。

 間合いも自在な骸皇帝の剣は、まさに達人。

 しかし騎士である誇りに賭けて、千年もの間剣から離れていた人に負けるわけにはいかなかった。

 地面を蹴って後方に跳躍。

 距離を取ってから、その距離を一気に詰める突撃。

 骸皇帝はそれを刀で受け流し、踊るように回るとその回転の勢いで斬りかかる。

レイピアで受け流した純騎士は一歩引くとすぐさまその引いた一歩を繰り出して突き、骸皇帝の頬に掠った。

 しかし骸皇帝も負けてはいない。

 上段から刀を振り下ろして斬り落としてくるかと思いきや、途中で刀を手放して空振り。

 宙の剣をもう一方の剣で取り、横に薙ぐという技を見せる。

 とっさに地面を蹴ってその勢いで前転し距離を取った純騎士だが、右肩を浅く切られて血が流れ出た。

 間髪入れずに、骸皇帝は斬りかかってくる。

 刀を持ち帰るだけではとどまらず、その剣を振るう間合いまで変えてくる。

 その剣撃は軽く五〇通りを超えており、その中からどれが来るのかと予測しながら躱さないと間に合わないのだが、それがまるで間に合わない。

 ほぼ反射で受けきるがしかしギリギリで、度々刀が肌を撫でて浅く切ってくる。

 ついに壁際まで追い詰められ、万事休すかと思ったそのとき、純騎士の予測通りに正面からの突きが繰り出され、純騎士は垂直に跳んで躱し、そのまま空中から脳天目掛けて突くという反撃に出られた。

 一度目を躱す骸皇帝だが、二撃目に肩を貫かれる。

 二度突きを見切れなかった骸皇帝は自ら距離を取り、黒刀を構えた。

 純騎士もまたレイピアを構え、次の一手を考えると同時に相手の次の一手を読み始める。

 そのとき骸皇帝から吐息が漏れ、そして高らかに笑い出した。

「よい! よいぞ王国の騎士! 我が剣技によくついてこれた! そして見事な二段突きであった! 我が帝国にいたのなら勲章を授けるところである、武勲として素直に受け止めよ!」

 何故だろう、今の骸皇帝から狂気的な部分を感じない。

 こんなにも皇帝らしく、認めるべきところを認める人間だとは思わなかった。

 まさかこの結界に、対戦相手の毒気を抜くなどという効力まではありはしないとは思うのだが、しかしそんな効力もあるのではないかと思ってしまうほどである。

 いやしかし、そんなことあるのだろうか。

 これも骸皇帝が言った、騎士の本懐を遂げるための干渉なのだろうか。

「では二回戦だ……我が剣技の中でも秘技と呼べる三つの線を見せてやる……褒美と受け取れ」


「“鏡花水月”」

 純騎士は死を予感した。

 今骸皇帝は、のである。

 まさか先を読まれたかと思ったが、実際に理解すれば言うだけは簡単なこと。

 骸皇帝は斬るまえの動作で虚偽の一閃を悟らせ、それを回避するために動いたところを本物の一閃で斬り付けたのである。

 危うく脳が開くところであったが、しかしなんとか回避した。

 速度では一応エタリア騎士団一、負けるわけにもいかない。

「ほぉ、初見でこの剣を躱すか……さすがにやるな」


「ならば……“天衣無縫”」

 再び先を読んだかのような動き。

 今度はゆっくりと近づいてきたかと思えば、いきなり速度を上げて斬りかかってくるし、そうかと思えば今度は遅く斬ってくる。

 絶えず速度を変えながら純騎士に斬りかかり、その動きはまるで踊っているよう――というより、宙に浮かぶ天衣を、その切っ先で縫い付けているようだった。

 思えば稼働しているのは、手首が主である。

 全身の至るところに切り傷を付けられながら、なんとか骸皇帝の攻撃の軸を剣撃で牽制して逸らし、離脱。

 骸皇帝の縫うような線から、抜け出したのであった。

 骸皇帝は、大口を開けて笑う嗤う。

「“鏡花水月”、“天衣無縫”。二つの線を初見で躱せたのは貴様で何人目か。それらはすべて我が臣下として迎え入れてきたが……貴様が改めて、欲しくなったわ」

 初見で自慢の剣技を二つ躱されてこの余裕。

 残る三つ目の線に、かなりの自信を有しているのかそれとも虚勢か。

 しかし今までの言動からそれはないと、思わざるを得ない。

 何事においても、彼に嘘はなかった。

 何に置いても骸皇帝の言動に嘘偽りはなく、自身を含めて誰も騙してなどいない。

 そこだけは、純騎士も好くところではあるのだが。

「そう言えば……貴様は何故我が支配を拒む? 我に親族でも殺されたか。我に何か立腹することでもあったか。それとも我が臣下達を見て我を卑下したか……」

「……あなたが加えた臣下の中に、嘘偽りなく話したい人がいるからです」

 それが今、自分が戦う理由。

 それが今、この圧倒的不利を覆す希望。

 この剣を握るための動力源。

 他一切の力の源、すべて。

 迷いは、なかった。

「人間はいつとて嘘をつくぞ。我とて民に安堵を与えるために民を欺き、自国の利益のために他国を欺き戦った。人は必ず嘘を付く。嘘を嫌う人間とて嘘をつく。貴様とそれが話したとして、果たしてそこに嘘偽りがないと言い切れるか」

「私が彼と初めて会ったとき、彼は魔術によって自我を失っており、言ってしまえば彼自身と対面したと言い難い状況でした……私は、本物の彼と対話してみたいのです。ほかならぬ、あの人自身と」

ではなく、か……確かに我が臣下は多少のじゆうはあれ自由はあるがしかしそれは臣下となった直後の話。時間と共に我が魔術に心は浸食され、その願いは聞き届けられなくなるであろうな……よかろう」

 骸皇帝は黒刀を振り上げる。

 魔力は完全に封じられ、その身はもはや刀で斬られるよりも早く朽ち果てて死にそうな骸皇帝。

 しかしそんな心配などまるで感じさせないその立ち姿は、まさに皇帝。

 彼が振り上げる刀より感じられるのは、民を護るために敵に向けられる威圧感。

 彼は千年もの間皇帝であり、もはやその振る舞いすべてが皇帝のそれであった。

「来るがよい。我が野望は不死身なり。必ずや天界を落とし、我が帝国に栄光を築く。貴様の野望もまた不死身というのなら、我が不死身を殺して見せろ! 我はヴォイの骸皇帝! 地上における神、そのものである!」

 無慈悲不条理、そして理不尽なのが神である。

 神はいつとて傍観者。

 人の幸福も、不幸も、希望も、絶望も、すべてすべてを傍観する者。

 それがひとたび手を下せば、あっという間に因果が変わる。

 今純騎士にとって、骸皇帝という地上で最も恐れ多い神と呼べる存在が立ちはだかっている。

 この神は他の神と違って、傍観者になどなりはしない。

 この神を倒さなければ夢は叶わず、願望を吐露することも適わなくなる。

 骸皇帝が自らを神と自称することで完成しているこの図形。

 純騎士はさながら、定められた運命に抗う主人公。

 その展開を自覚しているわけではないし、ましてや感動に浸る時間などありはしないのだが、しかし今彼女は、初代でも通らなかった修羅の道を通ろうとしている。

 それは自覚する暇などないものの、しかし初代を超える偉業であることは確実である。

 何せ偽りとはいえ、神を斬るのだから。

「受けるがいい! “鏡花水月”から“天衣無縫”! そこから繰り出される最後の線! “首尾一貫”!!!」

 相手の動きを強制し、その先を切り裂く剣に相手の動きを捉えているかのように的確に追って来る剣。

 その二種類を見せつけられて、誰もが骸皇帝の剣は先見を頼った剣だと思い込むだろう。

 しかし最後の線、“首尾一貫”は違う。

 それは、いわば敵をその場に縫い付ける気迫の剣。

 魔力、気迫、気質。骸皇帝自身が持ちうるすべての圧で敵を拘束し、確実に命中させる最強の刺突。

 先に繰り出した二種の剣線からは想像できない、威圧の剣である。

 唯一の弱点はといえば、その気迫に気圧されさえしなければ、回避が可能だということである。

 気迫で押さえつけられているのだから、それ以上の気迫で上回れば躱せないことはない。

 むしろ他二つの剣線よりも、比較的回避する術がわかりやすい技だろう。

 しかしそれは、言うのが簡単なだけで、実践するのはとにかく難しい。

 千年もの間皇帝として在り続け、今も尚皇帝である彼の気迫に押し負けない気迫となると、その強さは細かく数値化できない領域に達する。

 それこそ、星の数ほどいるだろう万夫不当の英雄の中でも、一握りの存在かもしれない。

 その気迫を純騎士が持っているかと聞かれれば、それは否。

 心の内はとても弱気で、いざとなれば負けることを考えてしまう彼女に、そんな気迫などありはしない。

 故に不可避。

 最高速度で繰り出される刺突によって胸元の鎧ごと貫かれ、死するのは明白。

 これが、純騎士に与えられた運命。

 しかしこの騎士は、その運命を自らの手で、骸皇帝が思いつかなかった方法で覆す。

「“高速三段突きイプシィリ・タジティータ・オシィス!!!」

 回避するのではなく、自ら向かって行く。

 それも自暴自棄ではなく、正々堂々の戦略として。

 エタリア最高速度を誇る純騎士が、魔力による身体能力強化なしで繰り出す高速の突き。

 レイピアという最も刺突に適した刀剣は、走力によって加速された速度で放つ純騎士の突きの速度を殺すどころか、むしろ上げて敵にぶつかる。

 その結果、刀剣の中で最高硬度を誇る黒刀に対して一撃目で亀裂を入れ、二撃目で粉砕し、三撃目でその脳天を貫く。

 凄まじい刺突の衝撃は骸皇帝の頭蓋を粉砕し、その衝撃が全身に駆け巡って亀裂を入れる。

 黒刀が完全に砕け散るとよろめき、わずかに残った命で最後に顎を動かす。

 その目は架空世界の青空を仰ぎ、その両手はその青空に伸ばされ、朽ちた体は自壊を始める。

 ボロボロと体が崩れ落ちていく中で、彼が今見上げているのはこの結界内の偽物の青空ではなく、遠い地にある自らの祖国、自らの帝国の空。

 仮初かそれとも真実か、彼が作り上げた帝国が、万雷の拍手喝采で凱旋する自身を迎える光景を思い描き、静かにそれが叶わなかったことを悔やむ。

 だが、骸皇帝は決して忘れなかった。勝者への賛辞を。

「見事、見事である……エタリアの騎士よ、よくぞこの骸皇帝を……よくぞ……」


「よくも殺してくれたな、小娘め」

 最後の最後、骸皇帝は自らの狂気――いやむしろ正気か――を取り戻して告げる。

 彼はその崩れ逝く体の邪悪な眼差しで純騎士を見つめ、恨みつらみを込めた言葉を残して消えた。

「我が野望は不死身なり……我が野望は不死身なり……我が理想、夢、それはいつか……奴の描いた理想へと……」

 届くだろう。


*リザルト:戦争ゲーム七日目*

*脱落者:ヴォイの骸皇帝/脱落理由、戦死*

*勝者:エタリアの純騎士 残り参加者:五名*

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る