炎帝の血vs顕現権限
エタリア。
言わずと知れた騎士の王国。
世界最強の騎士団を有し、その騎士団はまさに騎士団という言葉を具現化したような集団だと聞く。
誠実、謙虚、その他一切の美徳をまとった銀白の騎士団。数々の栄光をその背に背負った、エタリアが誇る人間達の希望。それが彼らだと、聞かされた。
だけど、そんな話は信じない。他の騎士団とは別格だと皆は言うけれど、私から見れば彼らも同じただの人間だ。
自分達に悪い影響を
国に害を齎すとなれば、害となるまえに処断する。
すべては自分達と、自分達の生まれた祖国のため。国と国民を守るためと言う正義を掲げ、自分達にとっての害を駆逐する。
結局のところ、どの騎士団も同じだ。害と断じられた身としては、害だと決めつけられた身としては、どれも同じなのだ。
そしてエタリアは、全世界の騎士団最強という栄光と名誉を守るため、多くの害を駆逐してきた。
その中の一人――いや、一体が、赤い鋼鉄の鱗を持つ、灼熱の龍だったことは、間違いなく。
「何!?」
エタリアでも指名手配が来ている
悪名高い彼の参戦に気付き、すぐさま突進したのだが、突如立ちはだかる炎の壁。そして直後、純騎士を壁ごと斬り裂く勢いで振られた鎌によって、後退を余儀なくされた。
バックステップで後退し、足が地面に着いた直後。追撃となる燃え盛る斬撃が、再び襲い掛かる。回避するための歩法を繰り出す間も与えられなかった純騎士は、レイピアで斬撃を受け流し、その勢いでさらに後退した。
力強いなんて言葉では全然足りない、剛腕と呼んでもまだ少し。そう、まるで怪力で放たれた斬撃は、鎧を身にまとった純騎士の華奢な体を吹き飛ばす。
レイピアにこびり付いた火の粉を一振りで払うと、純騎士は少しだけ背を曲げて前傾姿勢を取った。次の行動への構えだ。
何せ今、目の前には自ら作り上げてまた両断した炎の壁の合間から、鎌を振り回して一歩一歩距離を詰めてくる敵がいるのだから。
黒の修道服に身を包んだ、龍の尾を持つドラゴンシスター――
だが純騎士には、彼女が胸の底に怒気を孕んでいる理由を知らない。彼女とは初対面であり、彼女の恨みを買うことをした覚えはなかった。
まぁ実際、国を守るためとはいえ、害を為した人間や敵国の人間を殺すことは多い。彼らの恋人や家族からしてみれば、自分達はとても憎く映るだろうことは理解している。
だからきっと、彼女の恋人――もしくは家族の誰かを、私は殺してしまったのだろう。国のためとはいえ、これまで人の命を奪ってきた、その報いというわけか。
生憎とその清算のために死ぬつもりはないし、片腕どころか指一本も差し出すつもりはない。こちらも必死に、国と民を守ったのだと理解して欲しいが――
眼光の鋭さと含んでる怒気からして、理解が難しいのは明白だ。
「おまえ……! エタリアの騎士か!」
怒りによって燃え上がる魔力によって、彼女の体に少しだけ変化が現れる。
鋭い眼光を放つ目の頭と尻に、首筋やスリットからチラリと見える脚についたそれと同じ、赤い鱗が生えてくる。
さらに両手の中指の爪だけが異常に伸び、それだけで鋭い刃となる。口の中に並んでいる歯は鋭く尖り、食ったものを磨り潰す
人の姿にまだとどまっているが、その姿は龍のそれにグッと近付いた。上空からその変化を見ている
「二〇年前、私の父さんを殺したエタリアの騎士か! そうだろう!!!」
「二〇年、前……」
純騎士が生まれた年の話だ。ならば彼女の怨恨に、純騎士自身は関係ない。だがそんなことは、龍道院にとってはどうでもいいのだろう。
目の前に、父である龍を殺した国の騎士がいる。それが二〇年前だろうと何年前だろうと、今目の前にいることに意味がある。その国の騎士なら、皆同じだ。
「あんたがそのときにいなかったことはわかる……だけど……あんたもどうせ同じでしょう? 国のためとか、民のためとか、そういう正義を掲げて私達を殺しに来る!
他人のためならなんでも正義か! 誰かのためなら何をしてもいいのか! そんな奴らが……あんたたちみたいな奴が正義を語って殺すから……!!」
「
龍道院が上から下へ、大振りで落とした鎌の刃先から噴炎が走る。飛ぶ斬撃に乗った噴炎は獣のように草原を疾走し、純騎士に牙を向ける。
その攻撃は純騎士に紙一重で躱されたが、後方の純騎士が出て来た森を突き進んで燃やしていく。噴炎は数メートル先で爆発し、空高く上って熱を撒き散らした。
だが彼女の怒りの炎は、目の前の炎よりも狂気に満ちて燃えている。わずかに燃えた毛先をレイピアで器用に斬り払いながら、純騎士は彼女から目を離さなかった。
「あんた達の
黄金に輝く
そのまま右へ左へ傾けながら回された鎌は、煌炎を宿して熱く輝く。そして鎌に絡まった炎の輪が巨大に膨らみ、最高にまで達したところで、龍道院は振りかぶった。
「喰らえ! “
金色に燃える滑車が、高速で地面を転げて迫る。縦の範囲はもちろん、横幅もかなりある攻撃だ。正直回避し切れない。
それにもう、毎度のことだ。今まで三度戦争に出て、その戦場で毎回思った。
もし私に、魔術が使えたらと。
いや実際、実際使えるのだ。
日常生活に活用できる程度の最下級魔術が七種類ほどと、副団長になるに当たって継承されたのが一つ。
そして、魔導騎士だった兄との半死に一生を得る思いで遂げた特訓で得た切り札が一つ。普通ならその魔術を得るのに必要以上の時間をかけ、さらにその魔術を会得するためにその他一切の魔術の会得を放棄してしまった。
兄はこれを、容量不足だと言っていた。私が持ちうる魔術に関しての才能は、その魔術一つと継承されたもの、そして最下級の七つの合計たった九つの魔術で満帆になってしまったのだ。
兄は、そんな私に失望したとは言わなかった。だが言わなかっただけで、その目は大いに失望したと酷薄に告白していた。
兄に憧れていた時期もあった純騎士にとって、その目は実に冷酷の一言。純騎士と兄の間には、一生越えられない城壁ができた。
って、今そんなことを考えている暇は――?!
距離はもう一メートル弱。いらない過去を振り返り、行動が停止していた。
元から回避も難しかったが、この距離では絶望的だ。そして相殺は、無謀と言う言葉が一番似合う状況か。
大魔術に類されるだろうこの火炎を、魔術の才が乏しい剣技のみの騎士が相殺するなど無謀どころか絶望に近い。
どうするか、ここで切り札を使う――のは無理だ。あれは時間がかかる。となれば、可能性はあれしかない。
仕方ない。こんなところで使うつもりはなかったが、出し惜しんで死んでは意味がない。
さらに今、自分は玉座の位置を知っているのだ。この優位を生かすなら、速攻瞬殺が戦術としては正当――と、あの兄なら言うだろう。
故に、仕方ない。
距離、五〇センチ強。熱風に吹き晒され、金色に目が眩む。
その中で、純騎士はレイピアを縦回転する火炎に対して垂直に構え、切っ先を向ける。そして、大きく胸を膨らませるイメージで熱風ごと息を吸い込むと、不意に止めた。
その次の瞬間だった。
火炎の大魔術が弾け、霧散する。
敵の相殺を決して考慮していなかったわけではなかった龍道院だが、敵の魔術がまるで見えないことまでは想定していなかった。
故にもしかして見えない魔術かと警戒したが、そうではないと次に悟る。龍道院に向かって駆け抜けてきたのは、青く輝く一筋の閃光。
体勢を傾けて避けた龍道院の側を通過したその閃光は、遥か上空の入道雲を突き抜けて霧散させた。
そしてその閃光の通ったあとが、濡れていることに気付く。灼熱を宿す龍道院に触れるとすぐさま気化したが、それは確かに水だった。
「水の魔術師か……」
「はい、彼はこれが最も得意でした。彼が繰り出す高圧の水閃光は、今の比ではありませんよ。速度もパワーも、文字通り桁違いですから」
そう言った純騎士は、その場で鋭い突きを繰り出す。するとレイピアの切っ先から、鋭い青色で光る閃光――超高圧の水鉄砲が放たれた。
龍道院はすかさず、放たれた水鉄砲を避ける。水鉄砲と言ったが、その威力と速度は子供が持ちうるあんな玩具のそれではない。
もしこの水に研磨剤か研磨材が混ざっていれば、ダイヤモンドすら軽く両断しただろうその青い閃光が自身のすぐそばを通過したのに背筋を冷やしながら、龍道院は回避と共に地面に拳を突き立てる。
小さな焔の刃が地面を抉りながら突き進み、純騎士の足元まで来て爆発する。それを回避するために跳んだ純騎士の水閃光は、軌道がズレて龍道院から外れる。
龍道院はさらに頭上で振り回した鎌を地面に突き刺し、その刃から漏れ出した焔を走らせる。拳でやるのと違い、刃でやると一度に四本の焔が走る。
さらに直線ではなく二度ばかり方向を変えてくるので、軌道が読めない。何度も繰り出される焔の疾走を、純騎士は自らの全速力で回避する。
だが龍道院は狙っていた。純騎士を誘導するように焔を走らせ、操作する。
そして純騎士がとある地点に達したとき、すでに走っていた焔を操作し、八方向から襲い掛からせた。
八方向から、自身に向かって駆けてくる焔。純騎士は懸命に思考回路を回転し、この場を切り抜ける術を考える。
思考時間は一秒足らず。今までの戦闘経験から、最善手を選ぶのに要する、最短時間だった。
八方向から走ってきた焔がぶつかり、炸裂する。爆音を轟かせて燃え上がった火柱を見て、龍道院は勝ったと思った。
が、それは次の瞬間には裏切られる。
龍道院が見上げると、そこには人間ではありえない高さまで跳躍した純騎士がいた。龍族の視力でようやく見える高さだ。正直、跳躍というより飛行と言った方が妥当なくらいに感じる。
純騎士はその高さから、突きを繰り出す態勢をしている。龍道院はそれを見上げると、大きく鎌を振りかぶって待ち構えた。
「上等。炎帝と呼ばれた伝説の赤龍……かの炎は炎をも燃やし、世界を灼熱へと変えた。四〇年経った今も燃え続けるその炎は、水を掛けられても砂を詰められても消えることはない。水も砂も、何もかもを燃やすから」
「この炎は……その炎帝の炎! 炎帝の血を継ぐ我が父から受け取った、万象滅する煉獄の業火! 喰らえ! そしてくたばれ! これが父の敵討ちだ!!!」
高度一六〇メートルからの落下加速で得た重さと速度で放つ、連弾突き。
今まで一度も、やったことなどない。ただこういう状況に陥り、次の最善手がこれだっただけだ。練習なんてしたことない。ただ単純に、全力で繰り出すのみ。
かの炎帝の煉獄が相手なら、消し去ることはできない。それらを弾き飛ばし、吹き飛ばすしかない。
生きるための最善手。
敵を倒すため――殺すための最善手。
常に勝利のための最善手を選び出し、それを実行する力。騎士団副団長という大役を果たしていた彼女が、その能力に長けていたことは言うまでもない。
幼少期から生きるために戦っていた龍道院も、戦闘技術とセンスに関しては才能と呼べるほどのものがある。
だがその後の人生で、彼女は戦場から離れた場所で戦ってしまった。
故にその技術は、センスは磨かれなかった。元から持ち合わせている、才能止まりだ。それ以上はない。
そして、その才能は純騎士はあまり持ち合わせていなかった。
魔術の才は乏しく、剣も初めはまったくの素人。才能など、微塵も感じさせなかった。周囲からは、よく兄と比較された。
だが純騎士の才能は、その成長速度にあった。
いつまでも限界を感じさせない、底を見せない成長。仲間達と切磋琢磨し、自分にできることは剣だけだと必死に体に叩き込んだ。
その結果、彼女は数々の遠征で功績を残し、三度の戦争の勝利に貢献した。
その結果得た純騎士の称号。この称号の存在によって、他者から認められた。
だからこそ、この名は守り続ける。なんのためかなんてわからない。ただこの名前に固執しているだけなのだろうことは、想像に難くないが。
しかしそれでも、私は生きたい。生きて、国に帰りたい。この背に守るものがない今、生への執着のみが戦う理由、意義。
故にこの一撃は、生への執着。生き恥を晒しているなんて構わない。これが、人間の本能だ。
「焼き焦がせ! 万象一切を灰塵と成せ! 煉獄の龍炎!」
穿つ。
貫く。
刺す。
これがエタリアが誇るエタリア騎士団の副団長、純騎士が繰り出す名もない突きだ。
「“
――!!!
龍の咆哮を思わせる轟音を叫ぶ火焔と、無音にして無名の一突きが衝突する。
衝音はけたたましく響き渡り、凄まじい火柱が立ち聳える――とその場のほとんどが思った。
龍道院の口上の通り、万象一切を燃やし尽くす炎帝の炎。それが純騎士の体を焼き、レイピアを溶かす未来ばかり想像していた。
しかし現実は、その想像を超えた。
純騎士に噛みついたはずの火焔は、どれも彼女には届いていなかった。すべてが彼女から吹き飛ばされ、散らされていた。
万象一切を燃やす火焔も、届かなければただの熱。まるで、騎士の凱旋を阻むまいと、火焔が自らどいたようだった。
その一突きは、剣圧によって突風を巻き起こす。吹き荒れる剣圧をまとった突きを鎌で受け止めた龍道院だったが、受け止めた刃は木っ端微塵に粉砕され、その衝撃で龍道院は十数メートルの距離を吹き飛ばされた。
人間の女性では考えられない腕力での突きを受け、龍道院は確信する。立ち上がった彼女は炎を鎮めると、吹き飛ばされて転げた際に切った口の中の血を吐き出した。
「魔術に関しては、疎いと自覚してる私だけどね……でも、魔術を使ってるかどうかはわかるわ。あんた、一体何したの?!」
レイピアで目の前を斬り払い、そして再び突撃の構えを見せる純騎士は答えない。生憎と、敵にわざわざ自身の魔術を明かすほど自信過剰な性格ではないし、余裕もなかった。
それに、堂々と他国の人間に晒していい代物ではない。
これはエタリア騎士団副団長以上の役職に就いた者にのみ与えられる、エタリアの秘術。
“
自らと誓約を交わした人間の能力の一部を、自身の力に乗算する形で顕現する。
強化の魔術に類するが、秘術とするところはその強化する値。通常の簡素な肉体強化魔術で強化できる値を数字の2とすれば、“顕現権限”は強化値5。倍以上だ。
さらに誓約した人間の能力が高ければ高いほど、自身に課せられる強化値も上がる。
そして、副団長である純騎士がかつて誓約を結んだのは、騎士団の中でも自身が統べた九人の少数精鋭。
彼らの能力の一部――およそ三割を、純騎士は自らが欲したときに自らに乗算できる。
ここまでの戦闘も、魔術に長けた
その結果がこの優勢。実際バレてしまったところで、敵には対処の術はない。
エタリア騎士団副団長以上に継承される、事実エタリア最強の魔術――と言われいている。騎士団の中だけでだが。
その正体を知らず、ましてや語られない龍道院は動けない。迂闊に踏み込めば、火焔をも吹き飛ばす突きでやられてしまうかもしれない。鎌は折れた、防御の術は事実ない。
そんな龍道院の明らかな劣勢を遠巻きに見て、魔天使はとっさに鎌を渡してしまったことを後悔していた。
エタリアの騎士が何者かは知らないが、実力は見ての通り。決して一方的ではないが、ドラゴンシスターが明らかに押されている。
さてどうしたもんか。
正直ここで失くすのは惜しい逸材だ。別に後でどうこうしようってわけじゃないが、あの炎がもう見れなくなると思うともったいなく感じる。
だがかといって、あの騎士の速度に自分が追いつけるかというと――
「あ? っぉぉぉぉぉおおおおお?!!」
突如として降り注いできた、光輝く矢の
「て、てめぇ! いきなり何しやがる!」
空に向かって叫ぶ。そこにはまだ、不機嫌そうな目で魔天使を見下ろしてボーガンを向ける
「あなたこそ、何をしているのですか? 私を倒しに来たとか言っておきながら、彼女に構ったり彼女の戦いを傍観したり、行動パターンがまるで見えません。私を馬鹿にしているのですか?」
「この……構ってちゃんめ……」
「私はそんな名前ではありません」
「っと!」
翔弓子が弦を引き、魔天使が構える。
純騎士と龍道院の二人の戦いが一度止まったところで、今度は二人の戦いが始まる――と思われた。
魔天使と翔弓子。
純騎士と龍道院。
二つの戦いの間に、突如魔術陣が独りでに描かれる。
そして、その魔術陣から転移してきた六腕の怪物が、二つの戦場を超える規模の絶叫で、高らかに咆哮した。
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