深淵の滅悪種

 何故自分は生まれてきたのだろう。

 生まれてきた意味、意義、理由。すべてを問うたところで、答える者は誰もいない。何せ今この場所に、自分以外の誰もいないからだ。

 自分以外の誰に問うたところで、答えられる問題ではないとわかっているが、それでも問いたい。

 自分は何故生まれてきた。何故生まれ、生きている。生まれてきた意味、意義、理由。すべて問いたい。自分は一体なんのために生まれてきて、何故生きているのか。

 生まれた意味は、意義は、理由は、果たしてあるのか。あるのなら、それはなんなのか。それを知りたい。

 自分は重ねに重ねられた禁忌の魔術によって生まれた。多くの命を触媒として、自分と言う生物は創られた。

 生まれてすぐに命を殺した。力の暴走と彼らは言ったが、自分には訳が分からなかった。怖かった。まだ殺すということが、怖くて仕方がなかった。

 だが彼らは喜んだ。自らの手で、早速人を殺したことを成功だと言った。彼らの言っていることがわからなかった。一体何をもって、成功だと言っているのかわからなかった。

 だがそれはすぐに理解した。数日が過ぎると、実験場に自分を置き去りにして、そこに魔獣の群れを放って言った。

 さぁ、殺せ。おまえはそのために生まれてきたんだ。

 魔獣の群れに噛み砕かれながら、襲われながら思った。そっか、私は誰かを殺すために生まれたんだと。ならば、今視界に入っている全員を殺せばいいのかと。

 暴走、と人は呼ぶ。だが自分からしてみれば、ただの戦闘だ。ただの殺戮だ。そう、自分は求められるがままに動いたに過ぎない。

 殺した。

 求められるがまま、殺して殺して殺しつくした。だがどうしてか、誰も喜んではくれなかった。

 何故喜んでくれないの? これが私の生まれた意味でしょう?

 そう、目の前の死体に訊いても答えは返ってこない。首を持ち上げても、答えてくれない。胴体とくっ付けてみたが、それでも答えてくれない。結局その場にいた誰も、答えてくれなかった。

 だって、殺したから。

 殺して殺して殺して殺して殺して、殺したから。誰もかれも。

 だがそのときは理解できていなかった。何故誰も答えてくれないのか。何故誰も、口すら聞いてくれないのか。殺してしまったからだと、理解できなかった。

 だから泣いた。

 どうして? どうして誰も何も言ってくれないの? 私殺したよ? 言われた通りに殺したよ? 魔獣も人も施設ごと、全部全部殺したよ? なのに、なんで。

 その後は一人で、世界中を歩いた。世界中を歩き回って、向かってくる魔獣も人も殺した。そうして生物を殺していく中で、一つ学んだ。

 生物は生き物を殺して生きる。生き物を殺して衣服を繕い、生き物を殺して食事する。生物は他を殺すことで生きる。そのことを学んだ。

 故に自分は殺して生きた。殺して喰らい、殺して奪い、殺して作った。そうしてずっと生きてきた。

 生きていく中で、また一つ学んだ。

 この世界は天界と呼ばれる、空に浮かぶ小さな国によって制御されていると。その国を治める玉座に座る者達が、この世界を制しているのだと。

 それを知って目標ができた。小さく、だが大きな目標だ。

 自分はなんのために生まれ、なんのために生きているのか。その答えを聞いてみたい。世界を制する生物ならば、答えてくれるはずだ。きっと答えてくれる。

 だから行く、天界に。天界に行って質問する。それが自分の夢だ。

 そのために生きる。天界へ行く方法を探さねば。空を飛べない自分にできるのは、とにかく人に訊くしかない。

 そのためにはまず、殺さなきゃ。殺して殺して殺しつくして、殺さなきゃ。

 あぁ、いつになったら天界に行けるだろうか。天界に行くとなったら、どうしよう。胸の中が痛いくらいに弾む。

 これが楽しみだということも知らない彼女は、そうして空に浮かぶ国を仰ぐ。胸の中に初めての夢を抱きかかえ、いつか見る天界の景色を妄想するのだ。

 そうして夢を見続けて、ついに百年が過ぎようとしている。今深淵の中で眠る少女――滅悪種めつあくしゅの夢は、未だ続いていた。


           戦争開始まで、あと一日。

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