天界の翔弓子
さて、天界からの参加者がここに一人。何も地上からの参加者ばかりとは、誰も言っていない。天界にだって参加資格を持つ魔術師はいるのだ。
彼女を一言で片付けるなら、機械的だ。とても機械的だ。
何せ命令には忠実、しかも絶対行使。例え味方を殺すことになったとしても、与えられた命令だけは絶対に守る。
そして何より自分よりも強い人物の言うことだけ聞く。上下関係はしっかりしすぎているのだ。故に彼女に命令を出せる人間は、天界でもごく少数である。何せ彼女、わずか十歳で時を司る大魔術を得た魔術師。彼女に勝てる相手など、早々いない。
そして戦争が間近に迫っている今日この日、天界では彼女の最終調整が行われていた。具体的には、集団戦闘である。
高度二千メートルという空で、それは行われていた。
「敵影三〇を確認……
身長一三八センチ。小柄な少女が、自分よりも一回り大きな天使へと突っ込んでいく。その右手に握られているのは、小さなボーガン。それが彼女の武器だ。
矢は魔力の塊。故に一々装填する暇はない。連続で三発放ち、それぞれ敵の肩に命中する。命中した矢は小規模の爆発を起こし、その一撃で撃ち落とした。
そのまま敵団の間を通過し、大きく迂回して折り返す。そしてまた、敵に向けて三発放ち、撃ち落とした。
だが敵も反撃しないわけではない。数人の隊列が印を結び、魔術を行使する。巨大な魔術陣から現れた大蛇の群れが、彼女に襲い掛かってきた。
それを見て、彼女もまた高速で唇を動かし詠唱する。その詠唱速度は異常で、普通なら舌も回らないだろう速度で詠唱を終えた。まるで早送りしているかのようだ。
そうして詠唱を終えた魔術を発動する。その魔術は時を止め、大蛇を魔術陣の中へと押し返し、魔術陣を消失させた——いや、消失というのは間違いか。彼女は今、時を戻したのだ。敵の魔術が発動する前へと、魔術陣のみを。
そして再び時が動き出す。発動したはずの魔術がいつの間にか消えていることに気付かず、隊列は固まったまま。その隙に撃った矢はことどとく、ようやく事態に気付いた隊列を撃ち落とした。
ここまでで二〇秒。わずか二〇秒で、敵影の三割が落ちた。これには単なる調整のためとはいえ、敵役の天使達も焦りを感じ始めた。これが調整にすらならなかったら、怒られるのは自分達である。
本気を出さざるを得ない。
十人掛かりでの大規模魔術を展開する。彼女とは違ってゆっくりと、しかしながら確実に魔術発動に近付く。
それを認識した彼女は飛行速度を上げる。そして詠唱をしている天使に向かって、矢を連射した。
だがその攻撃を他の天使が防御し、遮る。彼女はそれを見て突撃を止め、後方へと迂回した。そこに敵役の天使達の猛攻が走る。遠距離魔術という魔術を、彼女目掛けて全員で連射した。
それを回避するために、彼女はひたすら敵から距離を取る。しかしそうすれば、詠唱されている魔術が発動してしまう。その魔術すら回避できればいいが、生憎と今目の前で広がっている魔術は回避なんて生易しいことは言ってられないようだ。
仕方ない。
「自らに命令します。
小さな彼女の翼が、一時的に大きく膨れ上がる。翼が広がると彼女を中心に魔力の波が広がり、その波が通過した場所から時間が止まっていった。
そして、遂に世界の時間が止まる。
「停止時間は約七秒……六秒前」
ボーガンを撃つ。それらはすべて敵の目の前で止まり、停止する。
「四秒前」
止まっている攻撃と攻撃の間を抜けながら、展開されている魔術陣へと肉薄する。そしてその中央に、ゼロ距離でボーガンを叩き込んだ。
「二秒前」
再び魔術陣から距離を取る。そして翼をさらに大きく広げて、自分自身を包み込んだ。
「ゼロ」
時間が硬直を解かれ、動き出す。放たれていた矢はことごとく命中して炸裂、ボーガンを撃たれた魔術陣は暴走し、魔力の逆流を引き起こす。そして撃たれたことで逃げ遅れた天使達のすぐ側で、大爆発を起こした。
爆風と爆炎に飲み込まれ、天使達が落ちていく。そうしてすべての天使が戦闘不能になったところで、調整は終了。戦闘を終えた。
「
呼ばれて飛ぶ。そこにいたのは天界で彼女に命令を下せる数少ない大天使の女性だった。階級は最高クラス、文句はない。
「どうでしたか?」
「あと少し調整が必要かと。今の魔術、持続時間が七秒しか持ちませんでした。これでは実戦向きとは言い難く、このままでは私の勝率は二〇パーセント低下します。勝利のためには、さらにあと三秒は欲しいところです」
「七秒止められるだけ、大魔術と呼ぶに相応しい効力なのですがね……わかりました。もう少し、調整の時間を設けましょう。ただし休憩も必要です。休憩がてら、少し歩いて来なさい」
「了解しました」
彼女は命令をしなければ動かない。だから何かをさせるとき、何かをさせたいときは必ず命令形で話す。そうしなければ聞かないのだ。やってほしいなぁとか、そう言う回りくどい言い方はまるで聞かない。
「翔弓子!」
声をかけたのは、彼女と同じくらいの小さな女の子。水色の髪をたなびかせる翔弓子とは対照的に、桃色の短髪を揺らす可愛げのある子だ。
「あの、あのね? もうすぐ行っちゃうでしょ? 翔弓子なら勝てると思うけど、心配だからさ……これ!」
「これは?」
手渡されたのは、青い髪留め。天使の羽に模された、真っ青な髪留めだった。
プレゼントなのだろうが、彼女にはまるで伝わっていない。彼女は手渡されるものですら、命令形でなければならないのだ。これであぁしろと言わないと、趣旨がまるで伝わらない。
故に友達からのただのプレゼントを、翔弓子は喜ぶこともできずにただ困っていた。これでどうすればいいのかと、必死に考えている。
「それを付けて、戦ってほしいの。それで帰って来て、また遊ぼう?」
「……付ければ、いいのですか?」
「うん。付けてくれたら、嬉しいな」
「それは命令ですか?」
「うん、
「……わかりました」
自分より強い相手の命令しか、彼女は聞かない。
だが少なからず例外はあるわけで、それが友達の女の子だった。彼女のお願いは断れない。自分よりずっと弱い彼女のお願いが何故断れないかは、翔弓子自身わかっていなかった。
髪留めを付け、翔弓子は友達に手を引かれるまま走る。そうして辿り着いたのは、友達の家の屋根の上。そこでまたお願いをされるがまま、翔弓子は彼女が持ってきた飲み物に口を付け、彼女と一緒に昼の星空を寝転んで仰いだ。
「翔弓子」
「なんでしょう」
「絶対に勝ってね。翔弓子なら、きっと勝てるよ。私応援してるから……また、こうやって星を見よう」
「それは、命令ですか?」
「うん、
「……わかりました。必ず勝ち抜きます。必ず、もう一度あなたと星を眺めます」
「絶対だよ?」
「命令は守ります。この命ある限り、必ず」
小さな少女達は、約束を守ると誓いの指切りを交わす。その意味を理解し切れていない翔弓子だったが、友達は泣きそうになるのを堪えながら約束を交わした。
昼間だというのに輝きを見せる一等星並の流星が、二人の願いを叶えんとばかりに目の前を通過していった。
戦争開始まで、あと三日。
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