孤独の重複者
親の顔は知らない。育ててくれた人の顔も知らない。ただ物心ついた頃には、自分はある程度の語彙を身に着け、二足歩行で立っていた。
生きるためにとある孤児院で世話になると、生きるためにそこを出て行って仕事に就いた。
だが国はすぐに戦争を始め、自分は戦うために戦場に出た。戦場で殺して殺して殺しつくして、一人だけ生き残った。
それからすぐに次の国で生きようとしたが、また戦争が起きた。今度は参戦せず、その国から必死で逃げた。生きるために多少の強奪と殺人はやったが、それ以外は何もしなかった。
そうしてまた、一人になった。
そうやって何度も場所を移動しては一人になった。行く国行く国で戦争が起こったわけではなかったが、疫病に災害と理由は様々だったが、それでも何かしらの理由で一人になった。
寂しかった。この上なく寂しかった。物心ついた頃から、
——おい、おい!
初めて呼びかけられたのは、いつだっただろうか。そのとき自分は荒野の真ん中にいて、脱水症状で倒れているときだった。意識は
だが違った。そこには確かに人がいた。その目には映らない人がいた。姿を現さない人がいた。そこには自分しかいなかった。そう、自分がいた。
自分は自分を見ていた。声をかけたのは自分だった。そしてその声を聞いていたのは、自分の体で這う誰かだった。
——おまえは誰だ?
自分に問う。
——私はおまえだ
自分が答える。
——何をしている?
また、自分に問う。
——見ればわかるだろう? 飢えて、倒れているんだよ
飢えているくせに
その後も自問自答——いや、自分の中で行われる自問他答を繰り返して、ようやく気付いた。
今話しているのは自分ではない。自分の中の、見知らぬ誰かだ。
——もう一度訊く、おまえは誰だ
——だからおまえだ。だが強いて別の答えを用意するのなら、私はおまえに用意された別人だ。おまえのために、おまえが作った別の人間。それが私だ
自分は絶句した——いや、言葉を失った。
多重人格を、生まれて初めて自覚した。目の前の自分は他の誰かで、その誰かが自分の体で動いていると初めて自覚した。
——いつからいた?
——ずっとだ。おまえの中に私達はいた。ずっとずっとおまえと一緒にいた。だがおまえは私達を求めなかった。だから出てこれなかった……が、おまえはさっき私を求めた。誰かの救済を、誰かの存在を、誰かの熱を求めた。だから、私が出てきた
——そうか……
それ以上の言葉は出てこない。だが同時、何か理解した気がした。
今目の前にいるのが自分の体を借りた赤の他人で、そんな奴がまだ自分の中にたくさんいて、自分の号令さえあれば、いつだって出てくる。
ならば、ならばもう——
「ならもう……俺は一人じゃない」
——そうだ。おまえは一人じゃない
「ならば使え、この体を。今日からこの体は、俺達の物だ。生きるため、生き抜くために精一杯使え」
——わかった……
その瞬間、
背丈も、肉付きも、頭の大きさも脚の長さも、すべてが変わっていく。そうして体を変えた彼女は、おもむろに立ち上がった。日照り続きの大空を仰ぐ。
「ようやく、私は私になれた……」
——感動か?
「感動だ。当たり前だろう。やっとこの一人格が、体を手に入れたのだ。他でもない、自分の体を」
——生き抜くぞ
「当然」
それから彼らは生き続けた。生きるために人格を増やし、魔術を増やし、技術を増やし、その身一つで生き続けた。
彼は孤独から解放された。多重人格という自己完結の能力を経て、彼は孤独を失った。
そうしていくつもの魔術と人格とそれにあった体、そして技術を身に着けた
そんな、もはや男だか女だかすらわからない人間は、此度の第九次
望みはない。背負う国もない。参加しないことによって失うものは命しかない。だがそれで、参加する理由としては充分だった。何せまだ、死ぬ気はない。
首筋に刻まれた灰色の魔術刻印を鏡越しに凝視し、
「戦争だそうだ。大魔術師や歴戦の勇士相手に、ただの暗殺者がどこまで通じるかね」
——だけど僕らは一人じゃない
——そう、俺達は一人じゃない
——僕達私達はみんなで一つ
——数えきれない人格をその身に宿した無限の人間
「
——さぁ行こう、生きるために
——奪い取ってやろう、天界の
——行くよ私、戦場を駆け抜けるのは、君の仕事だ
「わかってる。全員、置いてけぼりを喰らうなよ」
玉座を巡る戦争へと、暗殺者は向かう。その名に冠した通りにみんなで、無勢に多勢で乗り込んでいった。
戦争開始まで、あと四日。
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