九人の参加者達

エタリアの純騎士

 王国、エタリア。国中に咲き誇る白花を紋章とする騎士の国。国が誇るエタリア騎士団は、全世界にある有数の騎士団の中でも、最強と位置付けされる存在である。

 その騎士団に現在、若干二〇歳にして副団長の座にある女騎士がいた。

純騎士じゅんきし様! 東の森に敵影が現れました!」

「規模を教えてください」

「数四〇! オオトカゲの群れを率いた軍勢であります!」

「紋章を確認! 敵は東の国、アルターの魔獣軍と思われます!」

「団長はどこに?」

「団長は現在、王宮にて女王陛下と会談中です。団長の到着を待った場合、敵がこの国に攻めてくる方が速いかと」

「わかりました……エタリア騎士団、緊急招集! エタリア騎士団騎士団法度に基づき、団長不在のため私が指揮をります! 五分で支度を整え、東門に集結せよ! 急げ!」

「「「ハッ!!!」」」

 騎士団寮に警報が鳴り渡る。警報には種類がいくつかあって、この警報で東門集合ということは伝わった。

 聞きつけた騎士団員全員が急いで支度を整えて馬小屋に走り、自分の相棒に跨って走る。国中を騎士団の馬が駆け抜けて、本当に五分で騎士団の大半が東門に集結した。その数、二一六。

「東の森にアルター魔獣軍! 敵影四〇! オオトカゲ主体の部隊! いいですか! 決してトカゲの尻尾は斬らないように! 確実に首を斬りなさい! そして人間は殺さず、拘束すること! 抵抗するようならば腕を斬り落としなさい! いいですか!」

 騎士団全員の咆哮が答える。それを受けると彼女は小さな吐息をし、自身が乗る白馬の手綱を引いた。

「行くぞぉぉぉ!!!」

 純白の毛並みを持つ馬に跨った純騎士を先頭に、二一六の騎士達が走る。

 少しの間だけ道を進むと、敵が攻めてきている森の中へと進んでいく。道なき道を疾走し、木々の間を通過する。そして走ることわずか二分で、敵の部隊と接触した。

 純騎士が、跳ぶ。トカゲに引かせている荷車の上に着地すると、敵の騎士達と対峙した。

 敵は荷車の中に五人。純騎士をグルリと囲む形で立っている。全員まだまだ見習いのようだ。構えが荒いし固い。自分よりも実力が下だとわかると、純騎士はまた小さく吐息した。

「っ! あぁぁぁ!」

 最初に背後から斬りかかってきた騎士の腹を蹴り飛ばす。それに続いて斬りかかってきた正面の騎士の一撃を躱し、隣にいた騎士の頬に拳を叩き込むと、その胸座を捕まえて再び斬りかかってきた騎士に向けて突き飛ばす。

 さらに二人同時に斬りかかってきた騎士の剣撃を軽く躱し、背後から手刀で首筋を打ち、神経を麻痺させて気絶させた。

 手綱を引いている騎士を同じ方法で気絶させ、今度はトカゲの背に飛び乗る。そしてレイピアを抜き、トカゲの脳天を貫いた。体長五メートルのオオトカゲが、その一撃で即死する。

「恐れるな! 落ち着いて討って取れ!」

 最強の騎士団の攻めは嵐のごとく、過ぎ去ったあとには何も残さない。彼らが攻めた荷車の中の騎士達は片っ端から捕らえられ、トカゲ達はすべて仕留められた。

「純騎士様。敵の捕縛、すべて完了しました」

「ご苦労様でした。こちらの損傷は?」

「騎士数名が軽い怪我をしましたが、他には何も」

「そうですか……よかった。敵部隊鎮圧確認! これより騎士団は帰還します! 全員、馬に乗れ!」

「捕らえた敵兵はどのように」

「簡単に吐くとは思いませんが、一応尋問係に引き渡してください。あとは彼らに任せます」

「わかりました」

 出発には先陣を切ったが、帰還は一番最後。誰が決めたわけでもないし、彼女自身が決めたわけでもないが、とにかくそれがいつものことだった。

 純騎士は最後に馬に乗り、帰還する。少しゆっくり時間をかけて帰ると、王宮の従者が出迎えた。

「副団長、団長と女王陛下がお呼びです」

「女王陛下が? ……わかりました。すぐに向かいます」

 すぐにとは言ったものの、馬を小屋に戻して騎士団寮で報告書を書き、そこから王宮へと向かうのにかなりの時間がかかった。

 そうして王宮へと向かうと、王室にはこの国を治める女王陛下と、エタリア騎士団の団長が待っていた。団長は全身鎧兜で身を包み、滅多に顔を見せない男だった。

「よぉ純騎士、聞いたぞ? アルターの奴らが攻めて来たんだって?」

「はい。目的は未だ不明ですが、捕らえて連れて来たので、尋問係がなんとかするでしょう。こちら、報告書です。あとで目を通しておいてください」

「そうかそうか。いやぁ、仕事ができる部下を持つと、頼もしいが先を越されないか不安でしょうがないなぁ、ハハハ」

「純騎士」

「……陛下、お待たせして申し訳ありません。エタリア騎士団副団長、純騎士、ただいま戻りました」

 女王陛下は高齢で、長年この国を治めてきた。歳のせいで視覚と聴覚は衰え、もうほとんど見えていないし聞こえていない。だが不思議と純騎士の声は聞こえるし姿も見えるようで、純騎士と話すときだけは流暢だった。

「……先日、天界よりお告げをいただきました。純騎士、手を出してみなさい」

 純騎士はゆっくりと、片手を差し出す。だが女王は何も言わない。少しして気付いた純騎士は、腕にしていた籠手と長手袋を外してもう一度差し出した。

 するとその手の甲には青い刻印が刻まれていた。普段から長手袋と籠手をしている方だったため、気付かなかった。つまりは、純騎士自身が刻んだものではない。

「それは天界の刻印です。純騎士、あなたは選ばれたのです。次代の天界の玉座に座す者を決める戦争。その参加者に」

「私が……ですか?」

「ハハハ! よかったなぁ純騎士! 先を越されると言ったが、もう越されていたか!」

「で、ですが私よりも団長が……それに、私の兄がいます! なのに、私が、なんで……」

「天界の意図には、我々の計り知ることのできないことが多々あります。今回もその類なのでしょう。しかし……私も疑問です。何故、あなたが選ばれてしまったのか……純騎士、私は、べつに天界の意に背いても構わないのですよ」

「女王陛下! それはお待ちください! お忘れですか! 天界の意志に背いた国が、どういう末路を辿ったかを!」

「わかっています。ですが、純騎士はまだ二〇歳なのですよ? 最近では恋人もできたと聞いています。なのに、何故……こんな戦いに出なくてはならないのか——」

「女王陛下」

 純騎士がその場に片膝をつき、頭を下げる。腰にしていたレイピアを外し、自分の前にそっと置いた。エタリア騎士団、最高位の忠誠の姿勢だ。

「ありがとうございます、お気持ちだけでも大変身に余る光栄。ですが私も、祖国を愛する一人の騎士。祖国のために戦うことこそ、本懐と言えましょう。ならば私は祖国のために戦います。それが私の忠義。どうか、この身に貫かせてください」

「女王陛下。純騎士もそう言ってるし、ここはここエタリアのため、どうかお許しください。大丈夫、純騎士なら勝ち残ります。実力は俺が保証しますから」

 女王は明らか不満げな顔をして、口の中に溜め込んだ息を吐き尽くす。心労すらも体力の削除に直結する女王の高齢を思えば、溜め息すらも重かった。

「純騎士……わかっていますね? 玉座を巡る戦いは生死を懸けた戦い。負ければ、必ず死んでしまう。そして生き残っても、決してここには帰ってこれない。それでも、戦いますか?」

「それが祖国のためならば」

 その後は女王の機嫌のせいか、気分のせいか。元々曇天だったそれはさらに陰り、雨が降った。豪雨だった。その日傘なんて持ってきていなかった純騎士は、ずぶ濡れになりながら帰宅した。

 純騎士には、両親はいない。騎士だった父親は一二年前の戦争で戦死し、母も六年前に病気で他界した。

 他に家族は兄しかいない。三つ離れた兄は元々エタリア騎士団の団長だったが、二年前に母と同じ病気を患って除隊。それまでは、歴代最強と呼ばれた魔導騎士だった。

 そんな兄を目標にして八年前に入団した純騎士だったが、到底兄には追いつけなかった。

 兄と違って魔術の才能はなく、身につけられたものは少ない。男女の筋力差によって力もなく、剣技においても兄と比べてしまえばまだまだだった。

「兄様」

 雨が降りしきる外を、兄は窓越しに見ていた。病気のせいで長時間立っていられないため、普段は車椅子に座っているが、このときは何を思ったのか、杖を手に立っていた。

「純騎士か」

「兄様……立っていて大丈夫なのですか? 寝ていた方が……」

「病人扱いするんじゃない。それよりも、何か言うことがあるんじゃないのか」

「は、はい……すみません兄様……あの、その……こ、この度天界の戦争に参加することとなりました。エタリアの騎士の誇りにかけても、必ずや勝利致します」

「そうか……必ず勝て。勝利の栄光こそが、エタリア騎士団最強の証。かつて我が一族が掲げた栄光を忘れるな。栄光を追い求め、栄光を欲しろ。すがりついてでも、勝利の栄光を手に入れろ。わかったな」

「……はい、兄様」

 数か月ぶりに、自分の部屋へ。趣味の人形が敷き詰められたベッドに倒れ込み、胸の中に溜まった吐息をすべて吐き尽くした。

 兄とはいつもこんな感じだ。才能の塊だった兄。明らかに劣化する妹。兄にとっては恥でしかなく、騎士団にいた頃もあくまで上司と部下という関係性だった。

 そんな関係性が疲れてしまうわけではないのだが、あの人の期待に応えるのはかなりしんどい。あの人の理想は、妹にとっては高すぎる。

 だが今回はそんなことを言ってられない。天界の戦争に勝ち抜くのは、今までのどんな修羅場よりも壮絶だ。

 天界が全世界から選んだ、九人の実力者。その九人が空席の玉座を目指し、相手を蹴落とす戦争だ。この戦争の敗者は、誰一人として生きて帰ってこれない。

 そんな戦争で生き残るということは、勝つしかない。勝って玉座に座るしかない。

 だが選ばれるのは大魔術師と名高い実力者ばかり。天界が選んだ、選りすぐりだ。そんな中で勝ち残り、玉座に座る。魔術の才能もないただ一人の騎士が、大魔術師を相手に勝ち残る。

「無理です、そんなの……」

 自信なんてない。だからといって、行って騎士として死ぬ覚悟もできていない。

 女王の言う通りに天界に背いて行かないという選択もなくはないが、かつて天界に反逆した一族がどういう末路を辿ったのかを知っている。自分の我儘で、国を亡ぼすわけにはいかない。だから行くしかない。

 だけど、だけどそれでも、死ぬ覚悟なんてできなくて。だからといって勝ち抜ける自信もなくて、もうどうしたらいいのかわからない。

 だから今は眠る。体の重みに身を任せて、暗い気持ちに身を任せて眠りにつく。今はそれしか、それだけしかできなかった。

 

           戦争開始まで、あと九日。

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