雨の中のきみ#47

そしてその日はやってきた。朝、いつもの通り間宮さんと話していると急に間宮さんが真剣な表情になった。

「きたぞ」

「そう」

そしてしばらくすると父がこちらへ向かってきた。父はわたしの姿を見つけると走り寄ってくる。そして殴ろうとして腕を振り上げ間宮さんに止められた。

「離せ。貴様何者だ」

「彼女を殴らないと確証が持てるまでは離さない。俺は笹垣さんの友人だ。彼女を守る義務がある」

「これは我が家の問題だ。関係のない輩は引っ込んでいろ」

「父さん、やめてください。殴って何の解決になるのですか」

冷静に、真正面から父を見据える。今まで怯えたような顔しかしていなかったからなのか、父はそんな私の顔を見て腕を下した。

「ここで騒ぎを起こすのは互いにとって不易です。場所を変えましょう」

父の腕を話した間宮さんと、間宮さんが付いてくることを不審そうにしている父を伴って空き教室に移動する。そこで、わたしと間宮さんは改めて父に向き合った。

「何故わたしを探していたのですか」

「急にいなくなった娘を探すのは父親として当然のことだろう。いつまでも子供のように拗ねていないで実家に帰ってきなさい」

「断ります。今まで子供をサンドバックとしてしか見ていなかったくせに今更父親面しないでください」

「なん、だと」

父の顔が赤くなる。しかし今度は父が腕を振り上げる前に間宮さんが割って入った。それを見て父は深呼吸をし、手を握り締める。

「サンドバックだなんて思ったことはない。あれはただの躾だ。親が子供を躾けるのは当たり前だろう。そもそもお前が悪いことばかりしていたから叱っていただけではないか。それを自分はなにも悪くない被害者のように言うのはおかしい」

「わたしがすべて正しかったとは思いませんし、時に殴っていうことを利かせるのも手段のひとつでしょう。しかし機嫌が悪かったとか、子供がなかなか眠らなかったとか、夕飯の内容が気に入らないものだった、そんなことは暴力を振るう理由にはなりません。本当にそれらが躾だったと思っているのですか? ただ自分がいらいらするからその矛先を自分にとっての弱者に向けているだけではないのですか」

「そんなことはない! 私はそのような理由で子供に手を挙げたことなど……!」

「ないとは言わせませんよ。何だったら弟からの証言もあるでしょう。要するにあなたはただ殴ることで自分が満足したいだけだったんですよ。そしてその相手が自分の元から去っていったことが気に入らない。だから連れ戻そうとしているだけです。

繰り返しますがわたしは実家には戻りません。あんなところに戻るくらいなら死んだほうがましです」

震えそうな声を必死に抑えて淡々と話す。間宮さんに隠れて父の顔は見えないのが幸いした。ここでも間宮さんに守られているということが情けなくはあるが、それでも誰かが必ず守ってくれているという安心感だけで、わたしは父と向き合うことができる。

「そんなことは許せない」

「わたしはもう成人しているし学費も生活費もすべて自分で賄っている。あなたの許可はいらない」

「っ、いい加減にしろ、この豚が! 誰が育ててやったと思ってるんだ!」

父が、間宮さんを押しのけてわたしに殴りかかる。しかしわたしとて十数年ただで殴られ続けてきたわけではない。とっさに身を引き、父の腕をよける。素早く間宮さんが父の襟首をつかんでそれ以上の突進を止めた。父は間宮さんの腕を振り払おうと体を反転させ殴りかかる。間宮さんは手を離して体制のおぼつかない父に足払いをかけた。そして見事にひっくり返る父。

父は真っ赤な顔をして起き上がり、間宮さんをにらみつけた。

「関係のない輩は引っ込んでいろと言っただろうが! 私が私の娘をどう扱おうと部外者には関係ない!」

「関係なくはない。友人だから守ると言ったはずだ。友人が理不尽な暴力にさらされそうになっているのを見過ごすことはできない。たとえそれが実父からのものだとしても。

いや、実父だからなおさら許せない。しかしここで俺があんたを絞め殺すことは簡単だがそれでは笹垣さんが気にしてしまうだろう。だからきちんと口で話せ。人間なんだろう」

「この、クソガキ……!」

再び間宮さんに殴りかかろうとする父の拳をよけて腕をつかみ後ろにひねる。父は無様な悲鳴を上げてわたしをにらみつけた。

「父親に、こんなことをして許されるとでも思っているのか!」

「許しは必要ないと言ったはずです。わたしはただあなた方が今まで通りわたしの生活に関わらないでいてくれればそれでいい」

「親子の縁を切るつもりか」

「必要であれば。今まで一応実の家族だからと分籍はしないできましたが、これ以上関わるというならそれも辞さないつもりです」

父は赤い顔で悔し気に歯を食いしばっている。さて、わたしの言いたいことは一通り言ったわけだけど、この後どうしようか。

「父さん、わたしになにか言いたいことはありますか。わたしからはこれ以上言うことはありませんが」

「本当に縁を切るつもりなのか」

「本当です。わたしのこれからの人生にあなた方は不要ですから」

「……後悔するぞ」

「後悔したらその時はその時です。少なくともしばらくは清々します」

「っ、」

父の体から力が抜けた。間宮さんが手を離すと、父は床に崩れ落ちる。

「どこで、育て方を間違えたんだ」

「そもそもあなた方には子供を産む資格がなかったんですよ。子供が子供を産むべきではない。あなたも、母さんも、大人になりきれていなかったのだから」

娘からこんなことを言われる父親とはどういう気持ちなのだろうか。それを思うと胸が痛まないわけではないが、だからといってここで許すことはできない。わたしもまた、大人になりきれていないのだから。

「……腹が減ったら帰ってこい」

父は立ち上がり、それだけ言うと教室を出て行った。扉が閉まる音がして、ふっと体から力が抜ける。床に倒れこみそうになるわたしを間宮さんが支えてくれた。

「笹垣さん、大丈夫か」

「大丈夫。間宮さん、一緒にいてくれてありがとう」

「俺はなにもしてないさ」

「そんなことない。今までも、今回もわたしを助けてくれた。間宮さんがいてくれたから、わたしはこうして無事に生きているんだよ」

なんとか笑顔を絞り出して間宮さんに向ける。間宮さんは安心したような顔でこちらを見ていた。

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