雨の中のきみ#43

その日わたしはバイトだった。蒸し暑いさなか延々と荷物を運び、お客様の子供の相手をしてジュースをもらったり、涼しいトラックの中でナビをしたりする。引越し屋で女の子は意外と重宝されるのだ。女性の単身引越しや、年配の方などに特に。やはりいかつくてむさくるしいマッチョな男の人たちだらけだと、こちらにその気はなくても威圧されてしまったりするからだろう。

「笹垣さん、梱包早くなったねー」

「慣れてますからね。あ、次の信号右です」

「了解。そうだけどさ。あと愛想がよくなった。この間丸くなったって言ったけど、それに加えて感じがよくなった。やっぱり彼氏できたんじゃないの?」

「そんなんじゃないですよ。学校で心理学を学んだ成果が出てるんです」

なんて適当にごまかす。やはり間宮さん効果なのだろうか。穏やかな人と話しているとこちらまで穏やかになってくる。先日はああ言ったけど、やっぱり間宮さんとは長く付き合っていきたい。

「そういえば最近新しい友達ができましたね」

「どんな子? かわいい? 紹介してよ」

「男の子ですよ。穏やかで優しい人です」

「付き合わないの?」

「付き合わないです。友達ですから」

異性の友達っていうとだいたいそんな反応が返ってくる。でも異性とだって友情は芽生えるし、必ずしも恋愛感情に発展するわけじゃない。間宮さんのことはかっこいいし素敵だと思うけど、どうしても安心感が先に立ってしまって愛とか恋とかそういう気持ちになれないのだ。

「異性間の友情はあり得ないと思う派ですか?」

「全くないとは思わないけどさ。男ってどうしても女の子のことをやれるかやれないかっていう目で見がちなんだよね。なに、笹垣さん的にはその人は安全パイ?」

「言い方は悪いかもしれませんがそうなんでしょうね。屋らしい感情抜きに付き合っていきたいです」

「相手もそうだといいけどね」

……間宮さんはわたしのことをそういう目で見ているのだろうか。そうだとしたらわたしはその気持ちに応えられない。もしそういう話になったら、徹底的にスルーするだろう。だって友達だと思いたいし。正確にはまだただの知り合いだけど。友達の条件をクリアしていないのだから。

「ま、そういう話が向うから出てきたときはさ、うまく立ち回りなよ。大事な友達なんでしょ」

「はい、気をつけます。でもそういうことになった時って、どう立ち回ればいいんですか?」

「難しいな。片方が恋愛感情を抱いちゃうといつまでも友達してるのってしんどいから。人には寄るけどさ、そのまま付き合いを続けられるタイプと、そうじゃなくて、一切のかかわりを絶つタイプがいるわけ。それはそのお友達の性格と、とそれまでの付き合い次第だね」

やっぱりそうだよね。それはたぶん女も同じだ。できれば前者であってほしいけど、それで間宮さんが苦しい思いをするのは嫌だしな。かといって知気合がなくなるのも嫌だ。これはわたしの我儘だろうか。

「でもまだ友達がわたしのこと好きかどうかわからないですし」

「そりゃそうだ。まああれだ。友達として長く付き合いたいなら、あまり女っぽいところを見せないことだね」

「女っぽいところですか」

「ちょっとした気遣いとか、過剰な親切とか、余計な言葉とか」

それって普通の友達付き合いでも言えることだよね。過剰な親切とか、余計な言葉は相手を勘違いさせてしまったり、調子に乗らせてしまったり、上下関係ができてしまうから、しない方がいい。でもちょっとした気遣いもダメなんだ?

「女の子のちょっとした気遣いって男からしたらグッとくることが多いからさ。だからあまり気をまわしすぎるのも考えものなんだよね」

「そうなんですね。難しいです」

「そ、男女間の友情は難しいの。だからといって気にしすぎるのもよくないんだけどさ。気楽にいきなよ。だいたいさ、付き合っていれば相手にその気があるかどうかくらいわかるから、脈がなければ相手だってそんなに押してこないから」

そういう意味で言えば、わたしは間宮さんに対して友達になりたい、というスタンスを一貫させている。その態度でたまに間宮さんを悲しい顔にさせてしまうことがあるけれど、そればかりは譲れないからだ。

だらだら話しているうちに新居について、荷下ろしを始める。新居はいい匂いで、まだ家庭の匂いがしなくて、これから始めるんだ、という雰囲気にワクワクする。汗だくになりながら荷物を運び入れ、最後はご祝儀までいただいてしまい、仕事を終えた。

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