雨の中のきみ#41

生チョコを間宮さんに渡したらそれはそれは喜んでくれた。材料を残してもしょうがないのでと、ちょっと引くくらい大量に作ったのだけれど、それはそれでよかったらしい。

「生チョコって意外と高いだろ? だから大量にがっつり食べることってなかなかできないからさ。たくさん作ってきてくれて嬉しい。ありがとう」

「どういたしまして。今更だけど、間宮さんって他人の手作り料理平気な人?」

「人による。少なくとも笹垣さんの手作りは平気だ。笹垣さん清潔感あるし、くれたもののラッピングとか見た目とかちゃんとしてるから大丈夫」

そうなのか。面倒くさがらずにちゃんとしておいてよかった。それに人から清潔感があると言われるのは悪くない。確かに小汚い人から手作りの品をもらったら食べるの勇気いるしね。わたしの部屋は汚くはないし、それなりに掃除をしているから多分大丈夫だとは思うのだけど。でもどうしても自分基準だと甘くなるしね。

「にしてもおいしいな。何か特別なことした?」

「少しラム酒を入れた。甘さを引き立てるらしいよ」

「そうなのか。既製品よりおいしいな。ありがとう」

そこまで喜んでもらえるなら作った甲斐があるというものだ。レシピ通りにしてよかった。わたしは放っておくと料理にとんでもなアレンジを加えてダメにするタイプなのでレシピに忠実に作るようにしている。今までやらかしたことは、マグロの漬けに梅昆布茶を振りかけたり、中華スープにマヨネーズを入れたり、焼き魚に味の素をかけたり、そんな感じだ。それを莉々にがっつり怒られてからはレシピに書いてあること以外はやらないようにしているのだ。今回も塩や抹茶や紅茶を入れたくなったけど我慢した。その結果まともなチョコトリュフが出来上がり喜んでもらえたのだから莉々には感謝しよう。

「あ、笹垣さんも食べる?」

「じゃあ少しだけ。うん、ちゃんと生チョコだ」

「な、おいしいよな。そうか、笹垣さんは料理ができる女なのか」

そう感心されると胸が痛むのでやめていただきたい。とんでもなアレンジ料理が出来上がらなかっただけマシ、というレベルなのだから。

「あはは、は。間宮さんは料理できるの?」

「俺?うーん、必要最低限って感じかな。一応できるけどお菓子とかは無理だ。ややこしいし計量とか面倒で無理」

「そうなんだ。確かに間宮さんはあまり几帳面には見えないしね」

「だろ? 俺雑だからさ。ああでも男料理ならできる。チキン南蛮とか野菜炒めとか生姜焼きとか」

確かにそういうの得意そう。こう、がーっと炒めたり、ざくざくっと切ったりする感じのやつ。でもそれはそれでおいしそうだ。

「そういうの男の子っぽくていいと思うよ。わたしも今度食べてみたいな」

「今度な。今はこの生チョコを食べる。笹垣さんも遠慮しないで食え」

「あんまりチョコ食べると吹き出物出ちゃうから。それにそれは間宮さんのために作ってきたものだから、間宮さんが思う存分食べていいよ。そうだ、お茶も買ってきたけど飲む? ひたすらチョコ食べてたら喉渇くでしょ」

「ありがとう、もらう。笹垣さんって気が利くんだな。もう少しガサツかと思ってた」

大丈夫、だいたいあってる。わたしの根はガサツである。間宮さん相手だから気が利くふりをしているだけだ。一体何が大丈夫なのかはわからないけれど、間宮さんから見たわたしは、わたしという人間そのものをズバリ指しているので、間宮さんの観察眼は侮れない。

「ガサツであってるよ。なんていうか、わたしは気分の波が激しいから、今は気が利いてるだけ」

「気分の波?」

「うん。機嫌がいいときと悪い時ですごい波がある」

「あー…そういうところ似ちゃったんだ」

「似ちゃった?」

「いやなんでもない。忘れて。生チョコのお礼になにかしたいんだけど、欲しいものとかある?」

なんだろう? 間宮さんはわたしの知り合いか親族を知っているのだろうか。でも聞いても答えてはくれなさそうなのでいったん考えを放棄する。

「欲しいもの」

「してほしいことでもいい」

「じゃあ手紙欲しい」

「手紙?」

「そう。間宮さんからわたしに宛てた手紙。内容はなんでもいいから」

もらえたら一生大事にすると思う。間宮さんがどういう字を書くのかとか、どんなことをわたしに伝えてくれるのかとか、気になることはたくさんあるし、そこからわかることもたくさんあるだろう。だから手紙が欲しい。

「手紙か。難しいな。書いたことない」

「間宮さんの言葉ならなんでもいいよ。一行でもいいし、たわいないことでいい。あなたとわたしが一緒に居たという証が欲しい」

「まるでもうすぐ別れるようだな」

「だって間宮さんがいつまでわたしと共に居てくれるかわからないから」

そういうと間宮さんは悲しそうな顔をした。けど、わたしとていつまでも大学生じゃない。間宮さんもいつまでここにいるかわからない。だとしたら。今一緒に居ることをいつか思い出せるようにしておきたい。

「わかった。書く。いつになるかわからないけどちゃんと書く」

「約束だよ。楽しみにしているからね」

嬉しくて笑うと、間宮さんは苦笑して頷いてくれた。だって本当に嬉しいのだもの。間宮さんの字の癖とか、どんな顔で書くのだろうかとか、そういうことを考えるだけで嬉しいから。

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