雨の中のきみ#40

ある雨の日。午前中は間宮さんと話したり、一人で授業を受けたりして、午後は莉々とお昼を食べて、そのまま一緒に授業を受ける。といってもわたしは大半寝て過ごしているわけなのだけど。この眠気を抑える方法を知りたい。このままでは社会人になっても眠いままなのではないか。

「由依、プリント」

「ありがとう。授業、どこまで進んだ?」

「教科書の62ページまで。顔にノートの跡ついてるよ」

「それはお恥ずかしい。ええっと、加害者の供述の矛盾点のところか。思ったより進んでないな」

ぱらぱらと教科書をめくりながら進捗を確認する。わたしが予想して予習しておいたところの半分というところだろうか。

先生の声と、雨音が重なる。結構壁がしっかりとした屋内にいるというのにこんなに雨音が聞こえるなんて、相当の土砂降りなのだろうな。間宮さんは大丈夫だろうか。間宮さんがいつもいる喫煙所は構内だけど出入口ぎりぎりにあるから、雨が強くなれば濡れてしまうこともあるだろう。濡れて風邪ひいたりしないといいな。ちゃんと奥の方に引っ込んでいてくれたらいいな。

「由依、間宮さんのこと考えてるでしょ」

唐突に莉々に話しかけられる。なんでわかったし。

「ばれた?」

「ばればれ。顔に大きく間宮さんって書いてある。少しは授業を聞きなさいよ」

「一応聞いてる。犯罪者が自己防衛のために矛盾した証言をしたり被害者を貶めようとする心理の話でしょう」

「なんだ、聞いてるんだ。本気で聞いてなかったら顔に消しゴムかけてやろうかと思ったのに」

わたしの顔に消しゴムをかけても間宮さんの文字は消えません。それでもたぶん消しゴムをかけられたら痛いので、その後は黙々とノートを取ったり、教科書にラインマーカーを引いたりする。でも本当はラインマーカーを引くと成績下がるらしいよね。なにかのテレビ番組でそんなことをやっていた気がする。

「そんなに気になるなら、授業終わったら間宮さんのところに行けば」

「うーん、たぶんこの時間だといないだろうからいいや」

「そうなの? 一日中いるわけじゃないんだ」

そうなのだ。間宮さんは基本的に午前中しかいない。たまに午後もいる時があるけれど、そんなのはごくまれだ。だから午後はいかない。探してもいいけどどこにもいないし。なんでそんなことを知っているのかと言えば、午後会いに行ったことも、探しに行ったこともあるからである。

「なんかわたしストーカーみたいだな」

「みたいっていうか、そのものっていうか」

莉々がドン引きしている。うん、気をつけよう。莉々に呆れられて友達でなくなってしまったら痛手である。

「じゃあなんでそんなに間宮さんのこと考えてたの」

「間宮さんが傘持ってるところ見たことないから濡れてないといいなって思ってた」

「そういえばそうね。間宮さんっていつも手ぶらよね」

「うん。だから大学にいるならちゃんと雨の当たらない構内にいてほしいって」

家にいるならそれでいいし、濡れないところにいるなら十分だけど。梅雨はまだまだ続くのだから、風邪を引いて会えないなんてことにはなってほしくない。わたしは間宮さんと連絡を取ることができないのだから。

「あれ、連絡先聞いてないんだ」

「言ってなかったっけ。間宮さん、携帯電話も固定電話も持ってないんだよ」

「それ本当に?」

もしかして嘘をつかれていただけなのだろうか。会うだけなら構わないけれど、それ以外の時に関わりたくないとか? 連絡先を聞いたのは間宮さんと知り合って間もないころだったから、その可能性もありそうなのが怖い。

「たぶん、嘘じゃないとは思うけど。また聞いてみようかなあ」

「やめときなさい。しつこいのよくない」

「だよね」

今だってそんなに付き合いが長いわけではなんだから。そう簡単に心変わりしているとも思えない。それにもし電話を持つようになったらわたしに連絡先を教えてくれるはず。たぶん。教えてもらえなかったら泣く。

「必要な時になったら教えてくれるだろうし、教えてくれないってことはそんなに必要じゃないんでしょ。ま、気長に待つのね」

「そうする。我慢って辛いなあ」

「由依は気が短いからね。でもそういうのも大事だからおとなしくしておきなさい」

莉々はノートを書きながら言う。わかっているよ。自分が短気であることも、すぐに突っ走ってしまうことも。先日のチョコレートだって、落ち着いてコンビニに撃っている板チョコを一通り買えばよかったのに、そこに考えが行きつく前にスーパーに走ってしまった。手作りは好き嫌いがあるから気を付けるべきだとわかっていたんだけどなあ。結果、間宮さんは大丈夫そうだったけれど、心なし申し訳なかったのだ。これが逆で、間宮さんの手作りお菓子とかだったら喜んで食べただろうけど。

「また間宮さんのこと考えて……。まあいいわ。それよりピンクのマーカー貸して」

「はい。切れちゃったの?」

「そうみたい。帰りに買って帰る」

莉々にマーカーを渡して、わたしもノートを取ることにする。あんまり授業を聞いていないとテストで困るし、そろそろ本格的に莉々に怒られそうだし。そうなったらテスト前にノートを貸してもらえなくて大変なことになってしまうのだ。

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