雨の中のきみ#36

放課後、のんびり莉々と帰宅する。バスの中でその日に間宮さんと話したことを報告した。

「ふうん、いい感じじゃない」

「ね。帰ったら洗濯しないと。あとハンカチ返すときになにかお返しの品をつけた方がいいのかな」

「あまり大げさなものだとかえって恐縮しちゃうから軽いお菓子とかにしたら? 間宮さん甘いもの好きなんでしょう?」

そういえばそうだ。だったら板チョコ一枚とかがいいかな。それだったら間宮さん好きだろうし、嵩張らないし、気にしないだろうし。

「じゃあ帰りにコンビニでチョコ買ってく」

「いいんじゃないの。それくらいなら重くないし」

莉々の賛同も得られたことだしそうしよう。間宮さんは喜んでくれるだろうか。ふわっとした笑顔でお礼を言ってもらえたらそれだけで十分なんだ。好きな食べ物の話をしておいて正解だった。まさかこういう場面で役に立つとは。

「由依の気持ちが伝わるといいね」

「そうだね。間宮さんならわかってくれるよ。優しい人だもの」

「なら安心だ」

莉々が穏やかに笑う。やっぱり莉々はわたしを心配しているのだろう。その心配はありがたいから無下になんてしない。ただ、それはそれとして間宮さんと付き合っていきたい。だからできるだけ莉々を心配させないように、間宮さんのいいところを莉々に伝えるようにしている。

「由依はさ、間宮さんのいいところばかり言うけど、悪いところはないの?」

「間宮さんの悪いところ? 言いたくないことは言わないところとか」

「それは普通だと思う。自分勝手とか頑固とか、そういうのないの?」

どうだろう。間宮さんはマイペースな節はあるけれど、決して自分勝手ではないし頑固でもない。話せばちゃんとわかってくれる人だ。

「間宮さんの悪いところっていうとちょっと違うかもしれないけれど、秘密主義なところはあるかな。未だに何者なのかとか、なんで大学にいるのかとかわからないし」

「それはそうね。肝心なところはぼやかしている感じ」

「そうそう。でもなんで莉々は間宮さんの悪いところなんて知りたいの?」

「だって由依がいいところばかり言うからさ。逆に不安になって」

それは一理あるかもしれない。あまりに出来過ぎていると勘ぐりたくもなるものだ。でもなあ。間宮さんの悪いところなんて思いつかないなあ。今述べたように秘密主義で大事なことは教えてくれないところくらいだろうか。それだってただなんとなく言わないだけじゃなくて、間宮さんなりの理由があるのだろうし。

「間宮さんの悪いところが思いつかないんだよね。そこまで話をしきれていないからかもしれないけれど」

「そうだね。一定以上知らないと悪いところって見つからないものね。普通、最初は猫をかぶっているだろうし」

かぶっているのかなあ。そんな感じはしないけれど。間宮さんは素でああいう人な気がする。穏やかで優しくて、言葉遣いが雑なところはあるけれど、温かい人で。それともわたしが間宮さんをそういう人だと思いたいだけなのだろうか。

「由依だってさ、由依の悪いところ間宮さんに見せていないでしょう? 同じように間宮さんも気遣っていると思うよ」

「わたしの悪いところ?」

「気分屋だとか、飽きっぽいとか、冷めたところがあるとかそういうところ」

莉々はずばりと言う。確かにそうだ。莉々は付き合いが長いだけあって、わたしのことをきちんと把握している。わたしはとにかく気分の波が激しい。今でこそそこそこ落ち着きはしたものの、子供のころは全く手に負えなかった。最近落ち着いていられるのは、今の生活が穏やかだからだろうか。はたまた穏やかな人と一緒に居るからだろうか。

「わたしが穏やかでいられるのは、間宮さんがいてくれるからなんだろうな」

「そうかもね。一緒に居て幸せでいられる人が傍にいたら落ち着くよね」

「もちろん莉々もだよ。莉々が諌めたりなだめたりしてくれるから、わたしはこうして激昂することもなく感じ悪くなることもなくいられるんだから」

莉々がいなかったら、わたしはとっくに間宮さんと喧嘩別れしているだろう。莉々が落ち着いて話を聞いてくれて、アドバイスをくれるからこそ、こうして緩やかに間宮さんと過ごすことができているのだ。莉々は陰の功労者なのです。

「それはよかった。わたしが由依の役に立っているようでなによりよ」

「いつも莉々にはお世話になってます。莉々になにかあったら言ってね。助けるから」

「ありがとう。なんかあったら言うわ」

「それじゃ、わたしここで電車降りるね。また明日」

二人で笑いあって別れる。莉々の家はわたしと同じ路線だが、降りる駅は違う。わたしの方が先に降りるのだ。そういえば莉々はわたしの家に来たことがないな。人様をお呼びできるような家でもないのだけれど。

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