雨の中のきみ#34

帰宅後、本棚を眺めてみる。実戦心理学入門とか、行動心理学の基礎とか、家族倫理学の基礎とかそういう本が並んでいる。間宮さんが好みそうな本がどれなのかはまったく見当がつかない。

「入門書がいいんだよね。わかりやすくて面白いもの。心理学に興味がない人が読み進められそうなもの」

おもしろいのは行動心理学かなあ。行動心理学とは、行動からもって人の心理を探っていくというもので、その中の大きな主張のひとつが『自由意志は錯覚であり、行動は遺伝と環境の両因子の組み合わせによって決定されていく』というものだ。

遺伝と環境。間宮さんが大学に来ているのも遺伝と環境による相互作用の結果なのだろうか。なにがしかの意図があるのだろうけど、それらは言ってしまえば運命のようなものに定められての行為なのだろうか。

「とりあえずこれにするか」

自分の行動を顧みたり、他の人の行動からその人が何を考えているのかを探るには面白い本だと思う。

心理学を学ぶ人には二つのパターンがある。一つは他人の心理に興味があったり、精神科医や心理療法士を目指す人。もう一つは自分自身が病んでいると感じてその正体を詳しく知りたいと思う人だ。わたしは後者である。

わたしの実家はいわゆる機能不全家族だった。機能不全家族とは家庭内に対立や不法行為、身体的虐待、性的虐待、心理的虐待、ネグレクト等が恒常的に存在する家庭を指す言葉だ。その詳細や具体的内容については置いておくとして、それが原因でわたしはわたしの心がどこかおかしいと感じている。

もしかして、と思いつく。家族で満たされなかった愛情を間宮さんで満たそうとしているのかもしれない。それはつまり依存だ。わたしは間宮さんに依存しようとしているのではないか。だとしたらこの状況をきちんと間宮さんに話して改善しなくてはいけないのではないか。

他人に依存したっていいことなんかない。その先にあるのは共倒れか孤立しかないのだから。じゃあだからって今更間宮さんと距離を置けるか? きっと無理だ。じゃあどうする。

心が重くなってきた。こういう時に考えたってなにもいいことは思いつかない。だというのに頭の中をいろいろな感情が渦巻いて考えをまとめることも、忘れることもできない。誰かに助けてほしい。できればその誰かは間宮さんであってほしい。間宮さんにとってわたしは負担でしかないというのに、またもや迷惑をかけてしまいそうなことを考えている。

もう少しましな人間になりたかったな。心が揺らぐことのない、幸せな家庭とか、平穏な日常とかそういう過去が欲しかった。でも今更過去は変えられないし、親を変えることもできない。だからわたしにできることは今の穏やかな日常を守ることだけなのだ。大学で勉強して、バイトで生計を立てたり、莉々と遊んだり、間宮さんとたわいもない話で盛り上がったり。それはすごく大切なことだ。

でも過去にとらわれないようにするというのはどうやったらできるのだろう。わからないわたしはまたもや調べることしかできない。そこには『今までの過去とこれからやってくる未来には何の因果関係もない』と書いてあった。そうなのかな。過去を積み重ねた上に今があるのだから、全く無関係ということはないのではないだろうか。

続きには『実は、過去の選択の結果とこれからやってくる未来には影響を及ぼすことはあっても因果関係はまったくありません。』とある。影響はあっても因果関係はない? それがどういうことなのか考える。過去は過去でしかなくて、未来を決めるのはわたしの積み重ねてきたことではなく、それ以外のなにかということなのかな。神の手とかそういうの。じゃあなにをしても変わらないのかな。もちろん努力は未来に影響するし、怠けたことだって未来に影響する。それがどう作用するかはわたしの呼ばない範疇外なのだろうか。

 ああもう、わからない。うだうだ考えたってどうしようもないに。だったら勉強するなり読書するなりしていた方が余程マシなのに。それでもたまにこうやってあれこれ考えてしまう。やっぱり病んでいるのかな。それとも人間みんなこんな感じなのかな。

「みんなどうやって抜け出しているんだろう」

この鬱っぽい思考から。何とも言えない気持ちの落ち込みから。どうやって。

とりあえず行動心理学の本をかばんに突っこんでベッドに倒れこむ。いいやもう。こういう時は寝てしまおう。こんな時間に寝たら夜寝られなくなりそうだけど、そんなことはどうでもいい。今はこの苦しい気持ちから逃れることを最優先にしなくては。

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