雨の中のきみ#22

ある日のゼミ終了後、江藤教授に声をかける。

「江藤先生、先日の話なんですけど」

「何の話でしたっけ」

「わたしがたまに一緒に居る男の子の話です。彼が何者であるか先生が気にされていたようなので本人に聞いてきました」

「笹垣さんは彼を信用しているのですね。で、何者でしたか?」

江藤教授はゆっくりと話の先を促す。まだ何も言っていないのにわたしが彼を信用しているというのはどういうことだろうか。あれか、本人に直接聞いて、それを信じてしまっているところか。

「大学の近所に住んでいる方で、大学の図書館を利用しているそうです。うちの大学の図書館は一般開放していますよね。だからそこに本を読みに来ていると言っていました」

「そうですか。そういうことなら無下にはできませんね。ですが、その話の信ぴょう性について笹垣さんはどう思いますか」

「半々です。彼がいつもいる場所は図書館とは離れていますし、本を借りている様子もない。ただ図書館で彼を見かけたことはあるので全くの嘘だとは思いません」

と、若干の嘘を紛れ込ませた。あまり江藤教授を心配させるのも難だし、かといってわたしが間宮さんを妄信していると思わせるのもよくない。だから多少の嘘は許してほしい。

「及第点と言ったところですね。彼を完全に信用しきるのは少々危ういように思いますが、そうでないのならばいいでしょう。笹垣さんも大人ですしあなたの考えを尊重しましょう」

「ありがとうございます」

一礼してその場を去る。江藤教授はわたしが嘘をついていることに気が付いているようだ。その上で、それを匂わせてかつ良しとしてくれた。頭の下がる思いである。同時にこれは当分頭が上がらないな、とも思わされた。教授の名は伊達ではないのだろう。長年先生をやっているのだから人を見る目は肥えている。ある程度のしぐさで相手の様子くらいはお見通しだろう。まったくもって敵わない。

「由依、彼氏できたの?」

「え? なんで?」

「江藤教授と男の子の話をしていたっぽいのが聞こえたから」

「ああ、そういうのじゃないよ。最近学内に学生じゃない人がちらほらいるけど、危ない人じゃないか江藤教授が気にされていただけ」

「そっか。ま、この間の不審者の話もあるし気をつけないとね」

そうだね、と笑って答える。危ない危ない。これくらいの年ごろの女の子は男女がセットでいれば付き合っていると思うものなのだ。あの莉々ですらそういうことを言うくらいだし。きっとわたしと間宮さんが喋っているのを見かけた人もカップルが雑談しているように思うのだろうな。全然そういうのじゃないのだけど。

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