雨の中のきみ#21

数日後の雨の日、わたしは間宮さんと約束した通り、いつもより遅い時間に大学へと向かう。今日は一限の授業がないからそれでも十分早く着いた方だ。

「おはよう間宮さん」

「おはよう笹垣さん」

間宮さんはいつもの場所で煙草を吸っている。さて、なんて切り出そうか。ストレートに言ってしまうべきか。それともやんわりと遠回しに伝えた方がいいのだろうか。

「笹垣さん? なんだか難しい顔をしているが?」

「あ、えっと、間宮さんに伝えなきゃいけないことがあって」

「なんだ、言いにくいことか? はっきり言ってもらって構わないぞ」

穏やかな顔で間宮さんはこちらをうかがう。ならばはっきり言ってしまおうか。なにも間宮さんが傷つくようなことを言おうとしているわけではないのだし。

「あのね、江藤教授が間宮さんが何者なのか気にしているの。ほら、間宮さんってどの授業にも出ていないでしょう? だから大学の学生でもないのになんでいるのかって気にされていて」

「ああ、そういうことか。だとしたら俺はほとぼりが冷めるまでここにいない方がいいのかな。きっと笹垣さんと話しているところを見て不審に思ったのだろう?」

「そう、だけど。でもわたしは間宮さんと一緒に居られなくなるのは嫌だ」

どうしていいかなんてわからないのだけれど。わたしだって間宮さんの正体は知らない。だから江藤教授に説明することなんてできない。でも間宮さんが疑われたままでいるのも、間宮さんがいなくなってしまうのも嫌だ。だったらどうすればいいかを考えなくては。

「笹垣さんは我儘なんだな」

「我儘かな」

「別にけなしているわけじゃない。むしろ褒めている。きみのそういう欲張りなところは伸ばしていくべきだ。そして欲しいものを得るためにはどうすればいいかを考える力を養うんだな」

間宮さんはまるで大人みたいなことを言う。その通りなのだけど。

考えろ、考えるんだわたし。間宮さんを失わずに江藤教授を納得させる方法を。例えばわたしの親戚ということにするか? いや、そんな嘘をつかなくても間宮さんは近隣住民でわたしの友達であり、わたしに会うために大学に遊びに来ていると言えばいいんじゃないのか。ああでも、わたしもよく知らないと江藤教授に言ってしまったんだっけ。だとしたらこの手は使えない。最初からわたしの友達であるときちんと言っておけばよかったのだ。

「なかなかいい案が思い浮かばないみたいだな」

「全然ダメ。間宮さんもなにか考えてよ」

「なら俺は大学の図書館に勉強に来ている近隣住民ということにすればいい。ここの大学の図書館は一般開放しているだろう」

「それだ! さすが間宮さん。ナイスアイディア」

間宮さんがこの場所以外にいるところなんて見たことないけれど、そんな細かいところまでは江藤教授も気にしないだろう。今度会ったらそう伝えておこう。

結局間宮さんの正体を聞き出すことはできなかったが、それはそれでいい。いいんだけど、それはそれとして聞いておきたいことがある。

「間宮さん」

「なんだ?」

「わたしは間宮さんのなんですか?」

「それは、どういう意味だ?」

そろそろ顔見知りから友達にランクアップしてもいいのではないでしょうか。別に親友とまではいかなくても、これだけ会って喋っていたらそれはもう友達、だよね?

「わたしは間宮さんの友達になれたのかなって」

「すまないがきみは俺の友達ではない。それに必要なものが欠けているから」

「必要なもの?」

「いずれ話す。それまでは顔見知り程度で勘弁してくれ」

一体何が足りないというのだろう。友達になるのに必要なことってなに? 相手のことを思いやるとか、相手を尊重するとか、相談に乗ってくれるとか? その辺りはクリアしてると思うのだけどなあ。首をかしげるわたしに間宮さんは苦笑する。

「きみが悪いわけではないし、こちらの問題だからそんなに気にしなくていい。それがなんであるか、言わない俺も悪いんだから」

「言えないようなこと?」

「今はまだな。できれば笹垣さん自身に気が付いてほしいところだが、きっとそれも難しいだろう。でも俺は言えない。もう少しこのままでいさせてくれ」

そんなふうに頼まれたら断るわけにはいかない。だからしぶしぶではあるけど頷いて、あとは雑談に終始した。

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