雨の中のきみ#18

「笹垣さん」

「なに?」

雨の日の昼休み。莉々と昼食を終えて間宮さんとしゃべっていると、ふと彼がまじめな顔になった。なんだろうか。何か大事な話でもあるのだろうか。

「今朝、大学に妙な男がいたからあまり早く来ない方がいい」

「妙な男? 不審者ってこと?」

「そう、だな。人気のない大学は危ないから気を付けてほしい」

間宮さんはわたしを心配してくれているらしい。でも朝早く来ないと間宮さんとゆっくり話せないしなあ。不審者というのは怖いけれど間宮さんと一緒にいれば大丈夫ではなかろうか。けど間宮さんが心配しているのはそこに至るまでの道のりを心配しているのだろう。大学内のバス停から間宮さんがいる構内まで約二百メートル。たいした距離ではないけれど、不審者が何かしようと思うには十分な距離だ。

「俺もできる限りの注意は払うけど、それはそれとして笹垣さんには自衛してほしい。危険だとわかっているところにわざわざ自分から飛び込む必要はないだろう」

「うーん、そうなんだけど」

「けど、なんだ」

「間宮さんと話す時間が減るのは嫌だな」

そういうと間宮さんは困ったような顔をする。しまった。間宮さんを困らせたいわけじゃなかったのに。でも他に思いつかなかった。

「じゃあバス停からここまで走ってくる」

「男の足には敵わないと思うが」

「じゃあ男装してくる」

「その身長で?」

「じゃ、じゃあバスを一本遅いのにする」

「初めからそうしてくれ」

間宮さんはため息をついて苦笑した。授業に出るだけならあと三本は遅いバスでも構わないけれど、やっぱり間宮さんと過ごしたいのでわたしにできる限りの譲歩だ。それを間宮さんもわかってくれているからこその苦笑だろう。

にしても不審者か。最近のニュースは物騒なことばかりだったけど、うちの大学にまでそんなあやしい人がいるなんて。

「ちなみに不審者ってどんな人?」

「中肉中背のスーツ姿の男だ」

「それ不審者?」

「ここの大学に勤めている人間ではなかった。それと誰かを探しているようだった」

それは不審者かもしれない。大学というのは高校や中学ほどではないにしろ閉じた場所だ。そこに無関係の人が入ってくるというのは確かにあやしい。大学によっては敷地内に公園があったり芝生が広がったりしていて、地域の人の憩いの場になっているようなところもあるようだが、うちの大学はそうではない。敷地面積はそれなりにあるものの庭と呼べるのは狭い中庭くらいだし、通り抜けができる作りにもなっていない。だから基本的に大学関係者以外の人が立ち入ることはないのだ。

「間宮さんも気を付けてね」

「俺?」

「うん。最近は男の子だっていつ変な人に殺されるかわからないんだから、警戒していないとダメだよ。男だからって油断しないで。わたしだって間宮さんを守りたいけど、わたしにできることは限られているから」

「そうだな。ありがとう。気を付ける」

そうなんだよね。なにも危ないのはわたしだけじゃない。このご時世、いつ何時なにがあるかわからないのだから、間宮さんにも十分注意して出歩いてもらいたい。間宮さんは、背は高いけれど細身だからがっちりした男の人に襲われたらあっけなくやられてしまいそうだし。人間本気を出したら結構な力が出るものなのだ。

「そうだ、莉々にも伝えておかないと」

「それがいい。きみの友達になにかあったら大変だからできるだけ伝えておけ。できれば先生方にもな」

「そうだね。今日はゼミがあるから江藤教授に伝えておく」

教えてくれてありがとうと間宮さんに伝えて授業に向かう。最近物騒だな。体力には自信があるけど間宮さんの忠告はありがたく受け取っておこう。

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