雨の中のきみ#16
珍しく何の用事もない晴れた日。家事をしたり本を読んだりして過ごしているが、なんとなく落ち着かないのは最近が忙しすぎたせいだろう。ここ数週間大学とバイトに行ってばかりで、丸一日家にいるなんてことは全くなかった。どちらもない日はあったが、そういう日は雨だったから授業がなくても大学に行って間宮さんと会っていたのだ。
「間宮さん、なにしてるのかな」
考えてわかることではないけれど、想像することはできる。例えばわたしと同じように家で家事をしたり、本を読んだりしている? それとも大学の図書館で勉強をしている? あるいは街に遊びに行っている?
街で遊ぶ間宮さんというのも新鮮で面白いかもしれない。先日の間宮さんは普通の男の子のようだったし、買い物をしたり、カフェでゆっくりしたりしているというのもあながちない話ではなさそうだ。
「でも出かけるなら誘って欲しかったな」
なんて、我儘。そもそも間宮さんとは連絡手段がないのだから誘うことだってできないだろうけど。それでも一緒に居ることができるならそうしたいと思うのだ。
間宮さんと一緒に居ると落ち着く。それはまるで幼馴染や旧知の友人と一緒に居るような感覚。でもわたしと間宮さんは話すようになって一か月程度しかたっていない。その程度の浅い関係にわたしはなにを求めているというのだろう。間宮さんは一歩引いたところのある人だ。だからあまり押してしまうと引いてしまう。それを踏まえて接するというのはなかなかに度合いが難しい。
ところでわたしは間宮さんにとってなんだろうか。友達にはなれただろうか。それともまだ知り合い止まりだろうか。わたしとしてはそこそこ会話するようになったわけだし、互いの趣味嗜好をわずかとはいえ知っているわけだし友達なのだけど、間宮さんから見てそうなっているかどうかはわからない。友達になれていると嬉しいけどな。
そういえば莉々は間宮さんと話したことがないって言っていたな。そしてわたしといる時以外は間宮さんを見かけないとも。不思議だけどそこは飲み込んでおいた方がいいのかもしれない。追求しようと思えばいくらでもできる。例えば間宮さんはわたしの守護霊だとか。まるで中学生のような発想だ。守護霊なのに大学にしか現れないというのも変な話だよね。それならなんだろう。実はわたしの目の錯覚だったら怖い。幻覚と幻聴? 人恋しくて誰かを求めるあまりその錯覚を生み出してしまったとか。冗談きつい。だいたいわたしは人恋しくない。友達はいるし仲間もいる。彼氏はいないけれどそれなりに人付き合いがあるのだから寂しいなどと思ったことはない。
「やっぱり幽霊ってのはなさそうだよね」
あんなにはっきり存在していて会話もできるし足だってある。だから間宮さん幽霊説はなしの方向で行こう。
「でもだとしたらわたし以外の人が認知できないのは何故」
莉々の先輩たちは間宮さんを知らない。莉々ですらわたしと一緒でないと間宮さんを認知できない。知覚を外すことのできる人間なんているのだろうか。例えばカメレオンのように擬態しているわけでもないのに。そんな透明人間みたいな人いるわけないよね。
「考えれば考えるほどわからないなあ」
気が付けば手にしていた本は全く進んでいない。料理でもして気分を入れ替えようか。最近間宮さんのことばかり考えていて、でも答えは見つからなくて、頭の中がぐるぐるしている。他に考えるべきことや、やるべきことがあるはずなのに。
それって例えば何だろう。やるべきことと言えば勉強とバイトで、それはそれなりにちゃんとやっている。試験まではまだ二か月あるし大学にいる間に莉々と勉強しているから多分大丈夫。バイトだって週三回から四回は通っていて、貯蓄と呼べるほどのものはないが多少の余裕はある。あとは家事とか。それも午前中であらかた片づけたから今のところは大丈夫だろう。友達くらいなら来てもすぐに受け入れられる程度にはきれいにしているつもりだ。他にやるべきことと言ったら買い物か? そろそろ夏物が欲しい気もする。でもそれはもう少し待ってバーゲンが始まってから買いに行きたい。それだと手遅れな気がしなくもないけど。
あとは他に考えるべきことか。実家についてはこのまま接触をせずに大学を卒業して、就職のタイミングで再度引越しをして完全に消息を絶っておきたい。分籍をするかどうかは検討中だけど、外面がよく見栄を張りたがる父がそこまで探っては来ないだろう。母にはメールさえ返しておけば余計な詮索はしてこないし。
そうなるとやはり間宮さんのことばかり考えてしまう。莉々にばれたら『それって恋じゃないの』と言われること請け合いだ。だからそういうのじゃないんだって。わたしとて恋愛経験がないわけではない。でも間宮さんは違う。彼とは純粋に友達でありたい。並んで歩いたり、おしゃべりをしたり、向かい合っておいしいものを食べたりしたいのだ。それが恋とどう違うのかと言われれば、わたしは間宮さんに触れたいとは思わないことだ。逆に間宮さんから触れられたいとも思わない。恋ってそういうものだよね?
よくわからなくなってパソコンの前に座る。
恋:異性に愛情を寄せること、その心。恋愛。
だそうだ。じゃあ愛情ってなに。
愛情:相手にそそぐ愛の気持。
愛ってなに。
愛:そのものの価値を認め、強く引きつけられる気持。
んん? 価値を認めるというのなら、わたしは間宮さんと一緒に居ると落ち着くとか、笑顔が優しくて好きだとか、そういった意味で価値を認めている。強く引き付けられるというのも当たっている。だったらこれは愛であり恋なのだろうか。
「でもなあ、なんか違うんだよね」
間宮さんに引きつけられているのは確かにそうなのだけど、愛おしいというより懐かしい。愛というより友愛。それはちょっとずつ違っていて、交わることのない感情だと思う。うまく説明できないけれど、違うものは違うのだ。
とりあえず立ち上がって昼食を作ることにする。お腹はそんなにすいていないから軽いものでいいか。昨日野菜をたくさん買ってきたからボウルいっぱいのサラダでも作ろう。一人暮らしだととにかく野菜が不足する。だからビタミン接種のためにもたくさん野菜を食べてお肌をきれいにしていかなくてはいけないのだ。
昼食を終えたら散歩にでも行こうかな。近くの海辺で本を読んだり、ぼんやりするのも悪くない。きっとまた間宮さんのことばかり考えて煮詰まってしまうのだろうけど、それでもこの部屋の中で考えていることよりは建設的な考えが生まれるかもしれない。
そう思っていた時期がわたしにもありました。
昼食を終えて出かけようと思ったら、お腹がいっぱいで眠くて昼寝をしてしまった。起きてから出かけようかどうしようか悩んでいたらまた眠くなってさらに寝てしまいました。そんなことを繰り返して、気が付いたらすっかり夕方になってしまった。
「疲れてるのかな」
まあ、最近休みなんてなかったし、たまにはこういう日があってもいいのだろう。
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