雨の中のきみ#15
「間宮さんの趣味はなんですか?」
「喫煙」
「好きなことは?」
「喫煙」
「嫌いなことは?」
「過剰な嫌煙家による嫌煙活動」
どうも間宮さんの生活は喫煙とは切って離せないらしい。過剰な嫌煙活動がウザいというのはわたしにも理解できるけど。喫煙所でマナーを守って吸っているならそれでいいじゃない。なんで嫌煙家の人々って喫煙所にまで乗り込んできて嫌煙を叫ぶのだろうね。
「間宮さんはそんな嫌煙家から逃げてきてここで煙草を吸ってるの?」
「それもあるし、それ以外の理由もある」
……それは聞いてもいいのだろうか。あまり遠慮ばかりして先に進まないというのもいまいちだし、ここは思い切って聞いてみようか。
「それ以外の理由って?」
「それは……憧れの人がここの大学に通っているから」
そうだったんだ。それは新情報だ。そういえば前に待ち焦がれていた人が今は傍にいるって言っていたっけ。だからここで煙草を吸っているんだね。でも間宮さんがわたし以外の人と話しているところなんて見たことないけれど。あ、逆か。わたしと話しているから、憧れの人がいてもその人と一緒にいないのか。
「わたし、邪魔かな」
「なんで?」
「わたしがいたら間宮さんが憧れの人と一緒にいられないんじゃない?」
「そうでもないから気にしなくていい。笹垣さんと話すのは嫌いじゃない」
その言葉がやけにうれしいのは、間宮さんがわたしを認めてくれているからだろうか。思わず照れ隠しでそっぽを向いてしまう。そんなわたしを見て間宮さんは最初は不思議そうな顔をしていたけれど、やがてゆっくりと微笑んだ。
「笑わないでよ」
「笑ってないよ。ただ悪くないなって思っただけ」
「悪くない?」
「悪くない」
それだけ言って間宮さんは言葉を切る。いったいどういう意味だろうか。わたしが照れているのが気に入ったということかな。間宮さんは肝心なところでいつも言葉を終わらせるからこちらは気になって仕方ないというのに。それでも追及しないのは、言われなくてもその言葉の続きがわかるようになりたいからだ。
1メートル先の外では雨がさあさあと降り続いている。その音を聞きながら間宮さんの思っていることを考える。
悪くないという言葉の意味。
憧れの人。
喫煙の理由。
どれもそう簡単に答えは出なさそうだけど、わたしなりにきちんと解釈する必要があると思うのだ。間宮さんは時々『悪くない』と言うけれど、それはたぶん間宮さんにとって嬉しいとか喜ばしいとかそういう意味だ。わたしが照れていることを喜んだということは、間宮さんがわたしと話すことを気に入っているということを、わたしが喜んでいると間宮さんが解釈して、それが嬉しいってことかな。自分で言っていて訳が分からないが、そういうことだろう。
憧れの人とは前に言っていた『待ち焦がれていた人』のことだ。間宮さんはずっとその人に会いたくて、ずっと待っていて、ようやくこの大学で再会できた。それはどれほどの喜びだっただろうか。大事な子だとも言っていた。間宮さんにとって大事で、守りたくて、憧れていた子。女の子、だよね? 間宮さんの口ぶりからしてたぶんそうなのだろう。それが男の子だったらちょっとびっくりするかもしれない。でもまあ、こればっかりは間宮さんの口から聞かないとわからないことだ。
「間宮さんはなんで煙草を吸うの?」
「好きだから」
非常に簡潔な答えだ。
「きっかけとかあるの?」
「なんでだったかな。最初はかっこつけてただけで、それが癖になって習慣になった。今ではたまに吸わないと落ち着かない」
意外だった。間宮さんでもかっこつけたりするんだ。わたしが驚いた顔をしているのが面白かったのか、間宮さんは頬を緩ませる。
「そんなに驚くことか?」
「驚いたよ。間宮さんでもそういうこと考えるんだ」
「考えるさ。俺も男の子だからな」
なんていうか、初めて間宮さんが同年代の男の子に見えた。最初からそれはわかっていたことのはずなのだけど、今改めて実感したというか。でもそれが嬉しかった。最近ちょっと間宮さんが何者なのか疑ってしまっていたところがあったから、それが杞憂だとわかって安心した。
「間宮さんも普通の男の子なんだね」
「普通、に見えているならそれでいい。笹垣さんも普通のどこにでもいる女の子だしな」
またちょっとわからないことを言われた。そりゃまあわたしは普通の女の子だけど。そう思いたいけれど。普通が一番だ。当たり障りなく、突出することなく、出る杭のように打たれることもなく生きていけるのならそれでいい。
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