雨の中のきみ#13
「笹垣さんは家族はいるの?」
唐突に間宮さんに聞かれた。まるでわたしの心の中を読むような鋭さだ。間宮さんに嘘はつきたくない。でも本当のことも言いたくない。だったら答えは簡単だ。
「いるよ。今は離れて暮らしてるけど両親と弟がいる。間宮さん家族とあまり近しくないんだっけ」
相手が満足する程度の答えと、同じような質問を返して話題をすり替える。せこい手段だとは思うが、わたしがわたしを守るためにはそれくらいなんてことない。……なんてことないはずなのにそこはかとない罪悪感が残るのはなぜか。
「うん。俺もあんまり家族とは会わない。最後に会ったのがいつだったのかも思い出せないな。笹垣さんは昔のことどれくらい覚えてる?」
「昔のこと? あまり覚えてないかも。小学生の高学年の時に引っ越したとか、中学でしょうもない馬鹿だったとか、高校の時は友達と盛り上がってたことくらいかな」
「引越し?」
「引越し。たしか小学五年生の時のことだったと思う。両親が当時住んでた場所と同じ市内にマンションを買ってそこに引っ越したの。引っ越し先の小学校の給食がおいしくなくてびっくりした」
なんだろう。今の話の中に間宮さんが引っかかるようなことがあっただろうか。
「引っ越す前に仲良かった友達のこととか覚えてる?」
「あんまり覚えてないな。幼稚園から仲良かった女の子がいたことと、やたら成績が良くて先生に贔屓されてた子がいたことくらいで、あとはほとんど覚えてない」
「……そっか」
なんとなく間宮さんは悲しそうな顔をして遠くを見つめてしまった。もしかして間宮さんはわたしが昔仲良かった子とかなのだろうか。でもそんな記憶はない。仲が良かった男の子はたぶんいただろうけど、思い出せないってことはそれほどたいした記憶ではないように思うし。でもわたしがそう思っているだけで間宮さんにとっては大切なことが隠されていたりするのだろうか。だとしたら申し訳ないな。
「間宮さんは昔のこと覚えているの?」
「いや、俺もそんなに覚えてはいないよ。ただ大事な子がいたことだけはちゃんと覚えてる」
「それはこの間言っていた『憧れていた人』のこと?」
「うん、そう。大事で憧れてて守りたかったのに守れなかった。だから今度こそ守りたいのに、それもうまくいかないみたいだ」
間宮さんは少し悲しそうな顔で笑った。胸が痛い。そんな顔で笑わないでほしい。間宮さんにはもっと穏やかな顔の方がよく似合うのだから。でも間宮さんが守れなかった子とはどんな子なのだろう。そしてなにから守れなかったのだろう。気になるけど簡単に聞いていいことではないと思う。だからわたしの答えは
「そっか」
とだけ言って、あとはたわいもない話でその場の空気を和らげることしかできない。いつかそのうち。そうやってなんでもかんでも先延ばしにするのはよくないけれど、間宮さんに関してだけ言えば性急に事を進めてもいいことはない。わたしだってそうであるように、間宮さんにも触れられたくないことはあるはずなのだから。
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