雨の中のきみ#10

家に帰って「友達」とはなんなのか調べる。

友達:勤務、学校あるいは志などを共にしていて、同等の相手として交わっている人。友人。

わたしと間宮さんはどうだろう。学校を共にしているし同党の相手として交わっているから、これはもう友達と言っても過言ではないのだろうか。でも友達っていうのはお互いに友達だと思っていないと成り立たない気がする。じゃあ、と友達の作り方を調べてみる。そこには人と仲良くなるためにはある程度の時間が必要であると書かれていた。わたしが間宮さんと話すようになってからまだひと月もたっていない。そんな状態で友達になるというのはいささか性急かもしれない。もうしばらく今のままの関係を続けて、ゆっくり距離を詰めていくのが一番いいのだろう。

あとは、ありのままの自分をさらけ出す、なんていうのもあった。それはちょっと違うのではないかと思う。ある程度仲良くなって気を許してからじゃないとさらけ出された方も困っちゃうのではないのか。そんなたいして仲良くもない人に、自分全開で来られても困るし。そういう意味では間宮さんとの付き合いは気が楽だ。深入りも詮索もしてこないし互いに不愉快にならない程度の質問を繰り返している。

もう一個気になったのが共通の趣味を作る、というものだ。そういえばわたし間宮さんの趣味って知らないなあ。聞いてもはぐらかされて終わりそうだし。そもそも普段なにをしているかも知らないのだから趣味のこととなればなおさらわからない。それに趣味ってすごく個人的なことだから聞かれたくない場合もあるだろう。ちなみにわたしの趣味は読書とバイトだ。実利も兼ね備えていてお手軽で気楽な趣味である。まずはわたしから自分の趣味の話をしてみようか。そうしたら間宮さんもぽろっと教えてくれるかもしれない。

そういえばまたもや間宮さんの連絡先を聞き損ねた。間宮さんと話していると、そのことに集中してしまって、事前に聞こうと思っていたことを忘れてしまうのだよね。うん、今度こそ連絡先を聞いてみよう。そうしたら雨の日でなくても間宮さんとお話しすることができるかもしれないし、うまくいけば大学の外でも会えるかもしれない。それで特になにをするってわけじゃないけど、街中を並んで歩けたら友達になれるような気がして楽しみだ。でも間宮さんはあまり筆がまめな人には見えないから、メールしても返ってこなさそうだ。もしかすると電話も出てくれないかもしれない。そうだったら寂しいな。それでもきっとわたしは返ってこないメールを出し続けてしまうのだろうけど。……これじゃまるでストーカーだ。いけない、自重しよう。メールは三日に一通までとか、電話は週に一回までとか自分に抑制をかけないと、とんでもなことをしてしまいそうな自分が少し嫌だ。あまりつきまとうのもなんだし、目標は今の関係性のキープなのだからそんなにがっつかないようにしよう。


「間宮さん携帯電話もってないの?」

「うん、必要ないし」

「家に電話は?」

「ないよ。必要ないし」

かくしてわたしの「間宮さんの連絡先ゲット」作戦はあえなく失敗したのでした。まさかこのご時世に携帯電話を持っていない大学生がいるとは思っていなかった。いや、大学生かどうかわからないのだけど。

「それだと困ることってないの?」

「困らないよ。友達も家族もいないから連絡する相手がいないし」

「じゃあちょっとした調べものとかは?スマホでちゃちゃっと調べられたら便利じゃない?」

「そもそも調べものしないし。笹垣さんは携帯電話がないと生きていけない人?」

「うん、生きていけない人。バイトの連絡とか友達との連絡もあるしそれ以外にも地図で場所を確認したり調べものをしたりつぶやいたりするから」

「忙しいんだね」

と、間宮さんはよくわからない回答をする。たしかにわたしは携帯電話に依存しているところがある。これがなくなったら生活に大いに支障をきたすから。

にしてもそうか。間宮さんは携帯電話を持っていなくても困らない生活をしているのか。それがいったいどんな生活なのか、携帯電話に依存しすぎていてよくわからないけど、すごくシンプルな生活なのだろう。電車の中や家にいる時なんかはなにをしているのかな。読書とかに会いそうだけど。

「間宮さんは時間が空いた時ってなにをしているの?」

「煙草吸ってる」

そういえばそうか。今もそうだけど、間宮さんはチェーンスモーカーなのか常に煙草をくわえている。わたしは煙草を吸わないけれど、それはいったいどんな味がするものなのだろうか。

「煙草っておいしい?」

「俺にはおいしい。笹垣さんは煙草吸わない人?」

「吸ったことない。銘柄によって味が違ったりするの?」

「違うよ。おいしいと思う煙草があれば、まずくて吸っていられない煙草もある。まあ笹垣さんは女の子だし吸わないに越したことはないよ」

そう言って間宮さんは柔らかく微笑んだ。おいしいものなら一度は試してみたい気がするけど、間宮さんはわたしには煙草は吸わせないつもりみたいだし我慢かな。それに煙草臭い女の子っていうのもいまいちだしね。

「笹垣さんは煙草を吸う人をどう思う?」

「とくにどうも思わないよ。親が吸っていたから抵抗はないし。趣味嗜好の一部くらいにしか思わない。間宮さんが煙草を吸っているところは好きかな。ずっと見ていたくなる」

「そっか」

そう言って間宮さんは柔らかく微笑んだ。その笑顔がなんだか眩しくて目を細めてしまう。実際他人が吸っていることに抵抗はない。それが他の誰でもない間宮さんなら余計に。なによりその煙草を持つ指先が気になって仕方ないのだから。

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