雨の中のきみ#9

「雨だね」

「雨だな」

「間宮さんは雨は好き?」

「好きだ。静かで穏やかで心が落ち着く。笹垣さんは雨は好きか?」

「好きだよ」

間宮さんに会えるから、とは言わない。それだとまるで愛の告白のようだから、それを感じさせるようなことは言わないようにする。それにそうでなくても雨の日は好きだった。涼しいし湿度が高くなるし土や雨のいい匂いがする。そういった匂いはなかなか他の人にはわかってもらえないけど、間宮さんならわかってくれるだろうか。

「匂いが好きなんだ。雨が降る前の空気が柔らかくなる匂いとか、雨が降っている間の水の匂いとか、雨が止んだ後の地面が湿気た匂いとか、そういうの。間宮さんは感じたことある?」

「ある。雨が降りそうになると空気が和らいで歩きやすくなる。雨が降っていると雨音以外の音が消えて世界が広くなる。雨が止むと余韻と残響が肌で感じられる。そういうことだろ」

「うん、そういうこと。そっか。間宮さんはそういうのわかってくれる人なんだ。嬉しいな」

「? 誰にでもわかることではないのか」

間宮さんが不思議そうに首をかしげる。わたしも最初はそう思っていた。でもそうじゃないって成長するにつれて気がついた。人によって感度が違う。それは対人だったり対自然だったり対動物によっても違う。わたしは自然に対する感度は高いけどそれ以外に対する感度は極端に低い。だから友達を作ったり誰かと関係を築いたりするのは下手だし、動物を手なずけるのも巧くない。そのことに気がついたのはいつだったか。

「誰にでもできることじゃないんだよ。空気の匂いを察知できる人とそうじゃない人がいる。人によって人間関係の空気を読むことが巧い人もいれば、天候の空気を読むことが巧い人もいる。間宮さんはわたしと同じで天候の空気を読むのが巧い人なんだね」

「……だが同時にそれ以外の空気を読むことはできない。それは笹垣さんもそうなのか」

「そうだよ。人間関係の空気を読むのは苦手。目まぐるしいし複雑だし」

「それがわかるということは、笹垣さんは空気が読めないのではなくて読むと疲れるだけなのではないか?」

そう、なのかな。今までずっと空気の読めない人間だと思っていたからよくわからない。確かに他人の感情には敏いけどそれは対個人であって、集団になると途端にどうその空気の中に紛れ込んでいいかわからなくなる。なんていうかそれぞれの思惑とか感情とかを考慮しながら話していると自分が一体どういう立場にいるかわからなくなるのだ。

「そういうことは慣れだから、徐々に練習していけばいいさ」

「間宮さんも練習しているの?」

「いや、俺は馴染めなくて諦めた口だ。だいたいこうやって話す相手も限られている。練習もなにもあったものじゃないさ」

「わたしで練習してくれて構わないよ」

「ありがとう笹垣さん。それなら暇なときに声をかけてくれ。それでもし俺が変なことを口走ったら諌めてくれ」

それは、それだけ間宮さんに深入りしてもいいということだろうか。先日も思った通り、諌めるとか注意するということは、それだけ相手のことを思ってないとできないことだ。つまりそれくらいわたしは間宮さんのことを思ってもいいってことなのかな。

逆に間宮さんはどうなのだろう。そこまでわたしに深入りしてくれるのだろうか。わたしとそういう話ができるくらい仲良くなってもいいと思ってくれるのだろうか。間宮さんにとってわたしはいったいどういうポジションにいるのか全く分からない。

「わたしは、間宮さんにとってのなに?」

「たまに会う知り合い。笹垣さんはそうじゃないの?」

「そうだね。雨の日だけ会える不思議な知り合いかな」

友達だと言ってくれなかった残念さについては目をつぶろう。間宮さんは友達がいないと言っていた。友達がどういう存在なのかわからないとも言っていた。だからもう少し仲良くなって。「笹垣さんは俺の友達だよ」と言ってもらえるように頑張ろう。

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