雨の中のきみ#7
間宮さんと出会ってからのわたしは明らかに丸くなったらしい。顔が、ではなく性格が。そんなことを莉々にもバイト先の人にも言われた。なんていうか、他人の意見を尊重するようになって、我を通そうとしなくなって、優しくなったらしい。きっと間宮さんがそういう人だからなのだろう。
間宮さんは優しい人だけど、あまり誰かを諌めたりなだめたりしない。それは優しさではなくて間宮さんの冷たいところだ。誰かに注意するというのはその誰かのことをきちんと思ってないとできないことだ。だって面倒じゃないそんなこと。だからなにも言わずにその誰かの悪いところをそのままにさせている。そんな冷たさ。でもそれを冷たいと思うような人は最初からそんな悪いところを前面に押し出したりはしていない。注意しないことを優しさだと勘違いしてしまう人が図々しいことを平気でできる人なのだ。
そんな間宮さんは優しいけど優しくない人。きっとわたしの悪いところにも気が付いていてなにも言わずにいるのだろう。間宮さんにだったらなにを言われてもいいと思うけど、間宮さんは言ってくれない。そこまでわたしに感情移入していないのだと思う。わたしとて付き合い始めて数週間の相手にそこまで言うことはできないから、世の中人間そんなもので、特別間宮さんが冷たいわけではないのだろう。
なんてことを雨の日の午後、バイトの移動中に思う。雨の中の引越しは大変だ。荷物を濡らさないようにいつもより過剰に梱包しないといけないし、走らないといけない。だというのに地面は滑りやすくて、油断するとすぐに転んでしまう。転びやすいわたしには危険な日なのだ。そんな中走り回って荷物をトラックに積み込んで、今は引越し先のお宅に向かっている。荷物の量がそんなに多くないから助かった。あとは引越し先でどれだけトラックをマンションの出入り口のぎりぎりに止められるかだ。
「笹垣さんさー」
運転をしていた先輩が唐突に口を開く。
「最近彼氏でもできた?」
「できるわけないじゃないですか。大学とバイトの往復しかしてないんですよ」
「そうなん? でもほらみんなも言ってるけど雰囲気変わったしさ。いい感じの彼氏でもできて穏やかになったのかと思った」
「わたし、そんなにつんけんしていましたかね」
「してたしてた。いっつも切羽詰まった感じで余裕なさそうにしてた。でも今は穏やかだしそっちの方がいいんじゃない」
「それはありがとうございます」
そうか。間宮さん効果はそんなにも発揮されていたのか。それは素直に嬉しい。誰かと関わりあってそれがいい方向に変化するならそれは喜ぶべきことだ。本当のことを言うと今日は雨だから大学の授業はなくても間宮さんに会いに行きたかった。でも早々バイトは休めない。信用にかかわることもあるし、生活の問題もあるし。
間宮さんうちにいてくれたらいいのになあ。そうしたら思う存分話せるし、未だわからない間宮さんの正体や、何故わたしがこんなにも間宮さんに固執しているのかがわかるかもしれない。あ、そういえばわたし間宮さんの連絡先知らないや。話すようになる前はあれも聞こう、これも聞こうと意気込んでいたのに、いざ仲良くなってみたら聞きたいことの十分の一くらいしか聞けていない。間宮さんが話したがらないのもあるし、わたしが舞い上がっちゃって聞くのを忘れているということもある。もう、今度から間宮さんと話すときはメモ帳用意しておこうか。間宮さんは不思議がるかもしれないけれど、それはそれでいい案かもしれないな。
やがてトラックは引越し先のマンションに到着し荷卸しが始まる。管理人さんに頼んでエントランスぎりぎりにトラックを止められたのでほとんど濡れることなく荷物を降ろすことができた。体を動かすのはいい。そうすることで余計なことを考えずに済むから。だってあれ以上考えていたら最後には間宮さんに会いたくて、いろいろ問い詰めたくなってしまう。それは互いのためにまだ我慢すべきことだ。
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