雨の中のきみ#6


「間宮さんは雨の日以外はなにをしているんですか?」

翌週の雨の日。張り切って大学に行くと間宮さんは定位置で煙草を吸っていた。声をかけると柔らかい笑顔が返ってきて、声をかけてよかったと思わせる。

「それは……大学にはいない。他所で別のことをしている」

「別のこと」

「笹垣さんが大学にいる時以外のことをしているようにね。笹垣さんは勉強をしている時以外はなにをしているんだ?」

「えっと、バイトをしたり友達と遊びに行ったり本を読んだりしてる」

間宮さんはなにをしているんだろう。細身の体からはわたしのように力仕事をしているようには見えないし、カフェのウェイターや図書館の司書さん、事務仕事などだろうか。そういう落ち着いた感じの仕事が似合いそうだ。かっちりとした制服もきっとスマートに着こなすのだろう。いいなあ、そういう間宮さん見てみたいなあ。

「間宮さんが働いている姿、見てみたいな」

「そのうちな。笹垣さんはなんのバイトをしているんだ?小柄な女の子だからウェイトレスや電話の窓口対応とかキッチンの洗い物係とかか?」

「そんなかわいらしい仕事じゃないよ。引越し屋で働いてる。こう見えても力こぶできるし、冷蔵庫や洗濯機だって一人で運べるんだから」

「それはすごいな。人は見かけによらないのもだ」

間宮さんは本当に驚いたのか目を丸くしている。最初は彼は無表情な人なのかと思っていたけど決してそんなことはない。すぐ驚くし、笑うとかわいいし、隠しごとをするときはそっと目を伏せる。そんなに長いこと一緒にいるわけではないけれど、それがわかるくらい間宮さんはわかりやすかった。

「なんで引越し屋のバイトを選んだんだ?女の子ならもっとかわいらしい働き口があるだろうに」

「給料がよかったのとダイエットのためかな。高校三年の夏までは運動部に入ってたけど、引退した後に太っちゃったからそれをなんとかしたくてね。あとはまあ単純に汗水たらして働いてみたかったっていうのもあるし」

「汗水たらして」

「そう。文字通り汗水たらして働いて得た給料でぱーっと遊びたかった。わたしの実家は貧乏でね、おこずかいもそんなになかったからみんなと同じように遊ぶことができなかったんだ。だから今は自分で働いて稼いで生活ができてすごく楽しい」

そんなわけなのでわたしは実家から仕送りをもらっていないし、大学の学費ももらっていない。奨学金と自分の給料だけで生活をしている。でもあの薄暗い実家にいたころよりもずっと楽しい。節電していたのもあるけどそれだけが原因ではなく、あの家は薄暗かった。空気が淀んで息が詰まりそうでなにかにおびえながら生活をしていた。そんな家から飛び出せたことがどれだけ嬉しかったか。それを間宮さんに話す気はない。だってそんな重たい話、友達にしたって空気を悪くするだけなのに、未だ友達未満な間宮さんになんて話せない。

「笹垣さんは実家に住んでいるのか?」

「ううん、一人暮らしだよ。実家とは性が合わなくて飛び出してきちゃった。間宮さんは?一人暮らし?」

「まあそのようなものだ。実家と呼べるようなものがないわけではないが帰ることも戻ることもないからな。一人で暮らすのは寂しくないか?」

「寂しくないよ。むしろ好きなことができて楽しい。間宮さんは寂しいの?」

「そうだな、寂しいと思ったことはあったが、今はそうでもない。ずっと待ち焦がれていた人が傍にいるから」

待ち焦がれていた人。

なんだろう急に胸が痛くなった。間宮さんにわたし以外の知り合いがいるなんて全然当たり前のことなのに、自分でもそう認識していたはずなのに、嫌な感じがするのはどうしてだろうか。

「間宮さんはその人のことが好きだったの?」

「それはどういう意味かな」

「あ、その、変な意味じゃなくて、例えばその子供のころ近所に住んでいた憧れのお姉さんとそういう人なのかなって」

「ああそうだな。それに近いかもしれない。子供のころはその人とずっと一緒だったんだが、いつからか一緒に遊ばなくなって、その人は俺のことを忘れてしまった。今でも思い出してはいないがそれでも時折傍にいてくれる。俺はそれで十分だ」

十分だと言いながらも間宮さんの顔は暗かった。本当はもっとその人と一緒に居たいのではないのか。その人に過去のことを思い出してもらいたいのではないのか。でもそれはわたしが突っ込んでいいことなのかな。わたしと間宮さんの付き合いは長くない。まだほんの二週間程度だ。そんな浅い関係で言えることなど限られている。

「笹垣さん?難しい顔をしているが困らせちまったか?」

「そんなことないよ。わたしになにが言えるか考えてた」

「そういうときはなにも言わなくてもいいんだよ。ただ肯定してもらえると嬉しい」

「そっか。じゃあそうする。間宮さんが思っている人に、いつかそれが伝わるといいね」

「ああ、いつかそんな日が来るって楽しみにしてるよ」

そこで予冷が鳴ってわたしは間宮さんに別れと授業が終わったらまた来る旨を伝えて教室へと急ぐ。間宮さんは雨の中で一人その人のことを思うのだろうか。そのことを思うと意識が暗くなりそうで、無理やりふたを閉めた。

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