第二章 鬼
1.終わらない住職の話が終わってから
「……だから止めておけと言ったのだ」
「……聞いてねーぞそんな忠告」
朝九時から四時間半にわたる住職の講義を聴き終わった、伊吹、吉野、澄哉、紺の四人は、疲労困憊で尾津野家の居間に座り込んでいた。
三弥和尚の話は、寺の成り立ちから仏教と修験道の関係、こくりの市の歴史から住職の半生記に至るまで幅広く、何のためにここに来たのかを忘れてしまうほど奥深かった。紺が虚脱状態で呟く。
「で、結局鬼の話って聞けた? ウチ後半意識が飛んでたんやけど」
「最後まで出てこなかったよ……」
泣きそうな顔の澄哉が肩を落として言った。今日の澄哉は私服姿なので、いつも以上に女の子のような雰囲気である。全体的に色合いがパステルカラーで固められていて、寺の風情と何ともミスマッチだった。ちょこんとした帽子まで被っている。
「みんなお疲れさまー。よう耐えたなー」
そこへ紅葉が祐理名さんと一緒に、よく冷えたそうめんの載ったお盆を持って入ってきた。すると途端に元気を出した紺が立ち上がり、跳ねるような大声で言った。
「いやー紅葉やーん! 元気やったー? 変わってへんなー」
「あはは、紺ちゃんも変わらんなー。吉野くんも」
笑って皿を配りながら、紅葉は吉野の姿を伺う。げんなりしていた吉野は急いで祐理名さんからカルピスを受け取ると、一息に飲み干した。そして、四人と紅葉は食事を始める。
「……ところでみんな、何しに来たん?」
全員がそうめんをあっさり完食し、紅葉お手製のくず餅まで食べ終わったところで、紅葉はお盆を抱えて、かわいらしく首を傾げた。
満腹になっていつも通りの爽やか野球少年に戻った吉野は、苦笑しながら話し出す。
「いや、鬼の話を聞こうと思ったんだけどさ、これがもう大変で……」
「鬼って、スクナ様のこと? 隠野山に何千年も昔からずーっとおって、うちのご先祖様だけが会ったことがあるんやろー。すごいなー。もみじも見たいわー」
のんびりとした調子でそう語る紅葉の言葉を聞いて、全員がぽかんと口を開けた。
紺が恐る恐る尋ねる。
「も、もしかして紅葉、鬼の話めっちゃ知ってたりする?」
「うん。ひいばあちゃんにちっちゃい頃から教えてもらっとったから」
四人全員がその場にくずおれた。
「おい尾津野! どういうことだ俺の四時間半を返せ」
「私は知らない!」
「ていうか最初に住職て言うたん誰や!」
「僕ですごめんなさい……」
一瞬でパニックになった四人組を前に、紅葉は困惑の表情を浮かべている。祐理名さんは、いつの間にか音もなく立ち去っていた。騒がしい部屋の中を夏らしい風が抜け、窓に下がる風鈴が涼やかな音を立てる。
「……で」
ひとしきりわめき散らして全員が落ち着くと、仕切り直しで紺が口を開いた。
「その、スクナ様の話。ちゃんと紅葉、聞かせて」
紅葉は、素直に頷いた。
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