8.そして不穏は迫り来る

 その夜――。

 誰もが寝静まった頃。

 遙か遠く、山の方角から、

 何か人間ひとの知らぬモノの啼く声が聞こえた。

 大きな大きな何かが、誰かを呼ぶように、怪しく妖しく哭いている。

 深く、どこか懐かしい声は、山に、川に、町に、響き渡る。

 けれど誰も、気づいていない。


 それに応ずるように、その時刻。

 黒く歪んだ異形のモノたちが、夜の町を蠢いていた。

 けれど誰も、気づいていない。


 時を経て、見えるべきものが見えなくなり、

 聞こえるべきものが聞こえなくなった人間には、

 何も気づくことが出来ないのだ。


 伊吹はまどろみの中、それらを耳にする。

 夢の中で、その声を微かに聞く。

 けれど、伊吹は目覚めなかった。

 そして、翌朝起きたときには、すっかり忘れてしまっていた。



 明くる日から、全ては始まる。

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