7.真面目が取り柄の子に無理を言っても仕方なく

「で。私にどうしろと言うのだ」

「べっつにー。これはただのあたしの結論。真似しろなんて言わないわ。イヴがジュージツしてるところとか、想像つかないし。好きにしたらいいんじゃないの? 今のまま理論物理学者目指して勉強に励むのもよし、何か新しい、気になることを追求するのもよし。信じるままに生きればいいじゃない。ほら、『考えるな、感じるんだ』でしょ?」

「いつも気になるんだが、その台詞は何なんだ」

「それ知らないのもあなたくらいよ。エンタメ映画ぐらい観なさい。ソファの上で、ボーイフレンドとくっつきながらね。あ、もうこんな時間。そろそろ学校行かないと」


 んじゃ、まったねー、と脳天気な声を出すと、そこでエレーナは唐突にヴィデオチャットを切った。昔と変わらず自由な人間である。一方的に放り出された伊吹は、この胸の内のもやもやをどこへ持っていったらよいか分からず、一人椅子の上で悶々としていた。

 ――物理学以外に、気になること?

 そう言われても、小学校高学年ぐらいから、数学と理論物理以外に興味のあることなんて特になかった。趣味といったら新型のデジタル機器をいじるくらいで、それもこんな山奥の町ではままならない。まして恋愛なんて、一度もしたことがなかった。何の興味もない。男子なんて、どれもこれもサルにしか見えない。いや、かわいげのある分、サルの方が数段マシだ。


 そうして椅子の上であぐらを掻いて腕を組み、伊吹が首を傾げて考え込んでいると、フッと妙な記憶が頭の中をよぎった。

 三ヶ月前、暗い洞穴の中で見た、あの奇怪な腕の姿だった。


 ――気になること。


 あの時、腕は確かに社から消えていた。

「お姉ちゃーん、お風呂空いたよー!」

 部屋の外から、紅葉の元気な声が響いてくる。

 そこで伊吹は頭を振って、椅子から立ち上がった。


 冗談じゃない。仮にも自分は科学者なのだ。何の理由もなしに物質が消滅するわけがない。あれはただの影を、先入観で見間違えただけのこと。そんなものをいつまでも気にしているなんて、恥じるべき事だ。こんなことでは、明日からの吉野たちとの調べ物でも負けかねない。そうだ。いい機会だから、完膚無きまでに吉野の夢見がちな考えを否定してやろう、と思う。


 ふう、と深く息を吐くと、伊吹は部屋を出て、風呂へ向かって歩いていった。

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