4.一方的に決めつけられるとガックリくるので

 ここ、**県こくりの市は昔から、鬼にまつわる伝承で知られる地であった。


 土地は三方が深い山々に囲まれ、一方が海に接している、自然豊かな場所である。市自体は最近の町村合併ブームで新しく出来た自治体なのだが、それ以前、隠野こくりの町という陰気くさい名の町だった頃、そして更に遡って隠野村と呼ばれていた頃から、土地のあちこちに奇怪な鬼の伝説が残されていた。鬼の足跡、鬼の現れた橋、鬼を奉った石碑、そして山に隠れ住むとされる大きな鬼神おにがみと、およそ鬼と関わりのない言い伝えが見あたらないほどである。澄哉の家、頭鬼家のように、「鬼」と名のつく旧家もいくつかあった。


 鬼といっても、絵本に出てくるような赤い身体に虎柄の下穿きのキャラクターではない。伝わっているのはどれも、グロテスクな異形の化け物ばかりである。民俗学者の間で隠野は評判が高く、有名な学者が何人も聞き取り調査に来たり、中には家を建てて住み着く人までいた。

 しかし一方で、一般人にはウケが悪い。市としては合併を機に、何とかこの無数の鬼をキャラ化して町おこしに役立てようと狙っていたのだが、いかんせん話が残忍非道に過ぎるため、観光案内などには載せられず、結局イラストと着ぐるみだけをいくつか作って、どちらも倉庫で埃を被ったままになっている。


 とはいうものの、小さい頃からこの町に住む子どもたちは、何度も祖父母から聞かされて鬼の物語に慣れ親しんでいる。小学校の頃から郷土史を学んでいるし、だからこうして友達と鬼のことについて話していても、何の疑問も感じないのである。中には吉野のように、ひょっとしたら鬼は今でもどこかにいるんじゃないか、と疑っている者もいる。

 そして伊吹は、越してきて三ヶ月が経っても――いまだにそういうノリに慣れない。



「尾津野の家なんか、鬼を使って戦った陰陽師の弟子の、末裔かなんかなんだろ?」

 唐突に吉野からそう問われて、ハァ?と伊吹は裏返った声を上げた。すると、紺が喜んで乗ってくる。

「え、そうなん? 賀茂寺って鬼と関係あるって聞いてたけど、そんなすごいとこやったんや。めっちゃカッコイイやん」


「いや、ちょっと待つんだ。別にそんな大したものじゃないだろう。祖父が何かそんなことを言っていたような気はするが……よく知らない。仮にそうだとしても、それはただのお話だ。私とは、まるで関係ない」

「鬼と戦う、じゃなくて、鬼を使って戦う、なの?」

 澄哉が純真な目をして尋ねる。すると、どうやら本当にこの手の話が好きらしい吉野が、伊吹を無視して嬉しそうに答えた。


「らしいぜ。鬼を自由自在に使役したっていう、えーと、エンノ何とかっていう人」

「大事なとこから忘れてくなアンタ」

 紺は半目でジトリと吉野を睨む。それから彼女は、伊吹の方へ向き直って言った。

「でもすごいなーいぶちゃん。そんな名家の生まれやなんて。もっと話聞かせてーな」

「いやだから私は……」

「すごいよね。僕もおばあちゃんに賀茂寺さんの話、聞いたことある。僕の家なんて、あんまりいい言い伝えないから……伊吹ちゃんのおじいちゃんに、お話聞けないかな」


「お、それいいな!」

 澄哉の提案で上機嫌になった吉野が、手を叩いて言った。

「手近で手っ取り早いしな。じゃーとりあえず、尾津野の家に行って、住職さんの話聞く、と。ついでに紅葉とも遊ぼうぜ。んで、あとさ、俺この町に住んでる有名な民俗学者一人知ってるんだよ。もう引退してヒマで、町とかブラブラしてるから、話ぐらいなら聞けるかもしんねーな。そこら辺から責めてみることにしよーぜ。尾津野もいいよな? じゃ、また放課後、『るーじゅ』で、夏の計画詰めるか」


 紺と澄哉が頷いたところでちょうどチャイムが鳴り響き、教室前のドアから担任が入ってきた。吉野と澄哉は、慌てて自分の席へと戻っていく。伊吹がオイちょっと待てお前たち、と言おうとすると、きりーつ、という学級委員の声が聞こえて、全員が席を立った。

 伊吹は一人、ガックリと肩を落とした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る