3.鬼って、何?

 唐突に吉野が飄々とした声でそんなことを言い出したので、伊吹は顔を上げて、眉間に皺を寄せた。


 ――鬼?


 紺も、怪訝な表情で尋ねる。

「はぁ? 何やそれ。何で今さら鬼のことなんか調べなアカンの」

「別にいいだろ。俺の趣味だよ。俺、昔から鬼とか妖怪とか、民俗学っていうの? そういうの割と好きなんだ。尾津野が転入してきた頃も俺、そんな話してただろ? で、前からいっぺんがっつり調べたいなーって思ってて、ちょうどいいかなって」

「どこがちょうどええの。そんなん小学校とかでさんざんやったやん。『ふるさとのむかしばなし』とかで。十六にもなってお化けの話なんかしたないわ」


「だからさ。安達は、みんなで一緒に過ごしたいんだろ? でも澄哉は外に出たくない。で、尾津野は調べ物とか考え事とかして議論をしたい。全員趣味はバラバラだ。だったら鬼のことについて調べて、話し合ったらいいじゃん。尾津野ってまだ、隠野こくりのの鬼についてそんなに知らないだろ?」

「興味ないしどうでもいいし、鬼なんかいない」

「だからこそ調べたらいいんだよ。せっかくこんな町に越してきたんだから、色々覚えていった方がいいじゃん。将来アメリカに行ったときに日本文化の紹介とか出来るし。それに、鬼なんかいないって言うんだったら、俺とそれこそディスカッションしたらいいだろ? 俺は、きっとどっかにいる派。尾津野はいない派。澄哉と安達はどうする?」


「えー……僕は、いない、かな。ずっとこの町に住んでて、鬼とか怖いし、苦手だから……伊吹ちゃんに、いないって証拠を教えてもらいたいな」

「お前、名字が頭鬼だろ?」

 苦笑する吉野に突っ込まれると、澄哉はそういう問題じゃないんだよー、と手足をバタバタさせる。元々小柄で愛くるしい容姿なので、そんな振る舞いがよく似合った。

 机に肘をついた紺が、やる気なさげに言った。


「ほんなら、ウチはおる方でええわ。うちのお父ちゃんなんかもおるって昔から言うてるし。ま、どっちでもええんやけどな」

「よっしちょうど二対二だな。これでチーム分けして、証拠とか探して、相手チームを論破したらいいじゃん。そんな本気になって調べなくても、他の用事の合間合間で気が向いたらぐらいでいいから。で、適当に日を見計らって、みんなで集まって遊んで、ついでに鬼のことについて話す。安達、これでいいだろ?」

「まあ……ええかな。いぶちゃんのため、ってことで。要するに、鬼の話をダシにしてちょいちょい集まって遊ぼ、っちゅう話やろ? 夏休みのテーマが『鬼』っていうか。何か、イヤやけど」


「なんだよー。ちょっとぐらい目標とかあった方が、遊んでたって楽しいって。な、尾津野もそれでいいだろ? 賀茂寺の娘なんだからさ、それぐらい知っておかないと。『スクナ様』の話とか、ちゃんと憶えたのか?」

 地元の三人組がどんどん話を進めていく。教室で普通に「鬼」の話をしていても、何の違和感も覚えないらしかった。周囲の同級生たちも、誰も気にしていない。「スクナ様」というのは、賀茂寺でもお祀りしている神様だか鬼だかで、隠野こくりので知らない人はいない。

 一方、そんなファンタジーワードに全くなじみのない伊吹は、口を挟む余地もなかった。今回も、彼らに従うしかないのだろう。伊吹は心の中で、ため息をつく。どうして鬼なんてものを、調べなければならないのか。


 とはいえ伊吹としても、興味がないわけではなかった。

 春の山中で見た、あの奇妙な腕の幻影を思い出す。


 ――真っ黒な、生き物の腕。


「鬼か……」

 そっと呟いて、伊吹は考え込んだ。

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