2.夏休みの計画はすれ違いばかり
「んで! 夏休みの計画なんやけど!」
伊吹が教室に入って席に着くなり、真正面の席の
「いぶちゃんはどうすんのん? 花火大会行く? 海で泳ぐ? 意表を突いて爺ちゃんと山で修行? 似合いそやな」
「家で読まなきゃいけない専門書や論文が溜まっているから、それを処理しつつ過ごす予定だ」
「何やそれ、休みの間も仕事押しつけられてるダメリーマンみたいやな」
そう言って、紺はケラケラ笑っている。
髪は二つ結び、陸上部だけあって、まだ七月だというのに肌は真っ黒だった。どこから見ても陽気と元気の塊でしかない太陽のような彼女が、なぜ自分のような暗い理系女子と転校初日から友達になろうとしたのか、伊吹はいまだにサッパリ理解できない。ちなみに彼女の最初の一言は、「オデコ広くてかわいいなアンタ」だった。余計なお世話である。
紺は得意げな表情で、とうとうと語った。
「そらな、いぶちゃんは天才かも分からん。ホンマやったらアメリカの大学で、ウチなんかと一切関係ないスウガクやらブツリガクやらの勉強をせんならんのかも知らん。成績も、何にも勉強してないのに学年一位や。せやけどな、同時に花の十六歳女子高生でもあるんやで。これは素晴らしいことや。成績表とか成績表とか成績表などという愚かしい物事に縛られることなく、翼を大きく羽ばたかせるべきではなかろーかこれ」
「紺、お前なにか現実逃避してるだろう」
「ま、ええわ。とにかく夏一杯、ウチが無理矢理連れ回したるからな。覚悟しとき。なー吉野、
紺が大声でそう呼ぶと、教室の後ろで話していた男子二人が近づいてきた。
一人は短髪の一見して野球部と分かる背の高い少年であり、もう一人は対照的に、どことなく女の子めいた風貌の、清潔な雰囲気の子である。
女の子めいている方の
「うん……でもその、キャンプは蚊に喰われるし、日焼けするし、僕はちょっと……」
「なに言うてんの。ほんなん言うたらずっと家の中おらなアカンやないの」
「俺も部活の練習あっからなー。わざわざ休みの間まで外でウロウロしたくねーよな」
頭をかきながら吉野秀一も言う。こざっぱりとした顔立ちで笑顔を絶やさず、女子からの人気も高い少女マンガの登場人物のような彼が、なぜこんな脈絡のない四人組の中に加わって仲良くしているのか、伊吹はこれも、不思議でならなかった。
おもむろに吉野は、伊吹の方を向いて言う。
「
「そうだな、なら……ペンローズの量子論からの意識へのアプローチと、それに対するホーキングの反論について検討した後、ディスカッションするというのはどうか」
すると、全員が沈黙した。かなり簡単で軟派な案を示したつもりだったのに、これでも却下されてしまうのでは伊吹もどうしたらよいのか分からない。
大体、物理学者志望の少女に元気印の娘、根っからのスポーツマンに気弱でフェミニンな美少年という四人で、共通する興味なんかあるわけがないのだ。
そもそも伊吹としては、日本の高校で友人を作るつもりはなかった。数年後にはハーヴァード大の物理学部へ入るつもりだったし、東京では高IQ児のための特別教育校に通っていた。この町に来たのも両親の勝手な都合に過ぎず、不満だらけだ。今のうちに勉強しなければならないことは山積みである。
それなのに、四月の頭から紺がまとわりついてきてあちこち遊びに振り回されるし、全く興味ないのに吉野の試合の応援へ行く羽目になるし、澄哉は澄哉で二人きりになるとファッションやメイクについて大まじめに講義してくる。おかげでろくに本も読めていないのだ。
正直言って迷惑だったし、「正直言って迷惑だ」と何度も紺には伝えてある。しかし、全く通じていない。仕方がないので、振り回されるままに振り回されている状態だった。
「せやけど、澄ちゃんはまたファッションの話とかしたいんやろ? そしたら吉野が寝るし。どしたらええのかなー。やっぱり浴衣で花火大会?」
「……じゃあ、鬼のことについて調べる、っていうのはどうだ?」
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