第七の掟

「第七の掟。人の心を、決め付けてはならない」

「人の心を、決め付けてはならない」

「これは、見破りミスをさけるための秘訣ひけつだ。とても大切なことなので、掟になっている」

「魔法の輪投げに失敗しない方法?」

「そうそう。輪っかがピンを外れてるのに、『成功した!』って決め付けるな、ってことだ。人間にとって全ての他人はなぞだ。自分の心は直接感じ取れるが、他人の心は魔力でしか伝わってこない。今までどんなふうに生きてきたかも知らないし、言葉なんかうそかもしれない。だから、『見破った!』と思っても、それが正解とは限らないんだよ」

「うーん……。でも、じゃあ、見破れたかどうかは、どうやって判断するの?」

「相手がこちらの予想通りに動いたら、一応見破り成功と見ていいだろう。ただし、どんな魔法使いにも、人間を完全に見破りつくすことは不可能だ。美由だって、全ての面を人に見せているわけじゃないだろうし、毎日少しずつ新しい自分になってるはずだ。だから、魔法使いは決め付けない。同じ人と会うたびに、毎回その人を見破り直すんだ」

「うわあ……大変そう……」

 大変そうだけど、よく分かった。つまり、毎日輪投げをやっていればいいのだ。

「理由はそれだけじゃない。あまり人を強く決め付けすぎると、そのせいで相手を変化させてしまう場合だってあるからね。『この人はこういう人だ!』と決め付けて、それが魔力として伝われば、相手は決め付けられた通りの人間になってしまう」

「そんなことがあるの?」

「あるんだ。と言うより、それが人間だ。人間はみんな魔力でおたがいを決め付けあい、魔力の強い方が相手を思い通りにし、弱い方は思い通りにされてしまう。この世界では、常にそういう見えない戦いがくり広げられているんだ」

「こわい……」

「こわいか。でも、役に立つこともあるんだよ。例えば、親が子供を『うちの子はいい子だ』と決め付けながら育てると、本当にいい子に育ったりするからね」

「へえー……」

「ほかにも、学校の先生が『このクラスの生徒はみんな頭がいい』と決め付けて授業をすると、本当にそのクラスの成績が上がる、なんてことがある」

「すごーい」

「こうやって人間が決め付けられた通りになる現象を、〈ピグマリオン効果〉というんだ」

「ピグマリオン効果?」

「うん。ピグマリオンというのは、ギリシャ神話に出てくる王様の名前だ。ピグマリオンは変わり者だった。現実の女性に満足できず、象牙ぞうげで作った理想りそうの女性の像にガラテアという名前をつけ、いっしょに食事をしたり、愛をささやいたりしていた。つまりピグマリオンは彫像ちょうぞうを人間だと決めつけていたんだ。その様子をあわれに思った美の女神アフロディーテが、その彫像に命をふきこみ、本物の女性に変えてくれた。こうしてピグマリオンはガラテアと結婚し、幸せにくらしましたとさ、というお話」

「いいお話じゃん」

「うん……。まあ、いい話かもね」

「ピグマリオンは幸せになったし、ピグマリオン効果もいいことばっかりなのに、魔法で人を決め付けるのは、なんで良くないの?」

「それはね、美由。人を頭ごなしに決め付けるということは、相手を自分にとって都合のいい人形に作り変えることだからだよ。それはつまり、他人を自分の道具にするということだ。子供がいい子なら親は満足だから、そう決め付けてそれ以外の心を無視むしする、生徒の成績がよければ先生は満足だから、そう決め付けてそれ以外の問題を無視する、そうやって人の心を見破らないでいると、知らず知らずのうちに相手を苦しめてしまうかもしれないんだ。ピグマリオン効果は確かに役に立つが、必ずしも人を幸せにするとは限らない。この掟を作った昔の偉大な魔法使いは、そのことを知っていたんだね」

 そうか……。決め付けられるってことは、気持ちを無視されるってことなんだ。いい子だと思われるのは嬉しいけど、そのせいでいつもいい子にしてなきゃいけないとしたら、だんだん息苦しくなって、そのうち限界がきて、心がこわれてしまうかもしれない。ガラテアは彫像から人間になれたけど、人間は決め付けられると人形になってしまうんだ。でも……、

「でも、人を決め付けないようにするのって、すごくむずかしそう」

「うん。ちょっとコツがいるね。だれかを見て、いい人だとか、いやな人だとか、全く思わないなんてことはできない。だから、いつも『誤解かもしれない』って思うくせをつけなさい。人を理解するたった一つの方法は、『誤解しては見直す』をくり返すことだ」

「いつでも『見破り中』ってこと?」

「そういうことだ。理解は、深めることができるだけだからね。終わりにしなくていいんだ」

「それならできそう」

「よろしい。では、次」


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