第五の掟
「第五の掟。受けた魔力は、返さなければならない」
「受けた魔力は、返さなければならない」
「これは魔法使いのエチケットだ。魔法使いは常に、受け取った魔力に正しく反応しなければならない。魔力を返さないで、良い魔力をひとりじめにしたり、悪い魔力を心にためこんだりしていると、自分にも周りの人にも、よくないことが起こるからね」
「よくないことって、なに?」
「良い魔力をひとりじめにする人は、そのうち周り中の人にきらわれて、だれからも良い魔力をあたえてもらえなくなる。逆に、あふれるほど悪い魔力をためこんだ人は、元気がなくなって病気になってしまったり、自分を見失って犯罪をおかしてしてしまったりするんだ」
ああ、やっぱり魔法はこわい。学べばきっと、もっとこわい話を聞くことになるのだろう。
「ねえお父さん、その……魔力って、どういうものなの?」
「魔力とは、人間の魂から発せられるパワーだ。魔法使いでなくても、全ての人間は常に魔力を発しながら生きている。魔力は人から人へ伝わり、相手の心に変化をあたえる。やさしくされればうれしい気持ちに、いじめられればつらい気持ちになるだろう? そういう現象は全部、魔力の働きによって引き起こされているんだ」
「人をつらい気持ちにさせるのが、悪い魔力? それで苦しんだ人が、悪いことをするの?」
「そうだ」
「じゃあ、悪い人は、悪い魔力の
「その通り。この世に生まれつき悪い人はいない。悪い魔力が、人に悪いことをさせるんだ」
「だったら、そういう人にも魔法を教えてあげればいいのに」
「うん……。できればそれが一番いいんだけど、残念ながらむずかしいね。そういう人は生まれつき魔法使いに向いていない場合が多いから、うっかり魔法を教えると、まちがって自分で悪い魔力をどんどん集めてしまったりするんだ。それならむしろ、魔法を知らずに生きていたほうが安全だろう? 全ての人が強い体を持っているわけではないように、全ての人が魔法を使いこなせるわけではないんだよ」
そうだった。魔法使いになれば、今まで知らなかった世界を知ることになるんだった。中にはそのショックに耐えられない人だっているかもしれない。きっと、魔法使いとして生きるには、すごく強い心が必要なのだろう。
「じゃあ、ふつうの人はみんな、悪い魔力をためこむばっかりになっちゃうの?」
「そんなことはないよ。魔法の掟を知らなくたって、人間は本能的に悪い魔力をはき出すようにできている。でも掟を知らないから、魔力をよこした相手とはちがう相手に返してしまったりするんだ。そうして悪い魔力は世の中をぐるぐる回り、最終的に魔力を返すのが苦手な人のところに集まって、どんどんたまってしまうんだな」
「ひどい……。悪い魔力を消すことはできないの?」
「もちろんできる。魔法使いっていうのは、そういう仕事をしてるんだよ」
「ああ、そうか。お父さんの仕事って、魔法の仕事だったんだ」
あたしはぴんときた。お父さんは、市の教育相談センターというところで相談員をやっている。学校でいじめられている子供や、その親の相談を受けて、力になってあげる仕事だ。きっとお父さんの職場には、すごい魔法使いがそろっているにちがいない。
「まあ、確かにお父さんの仕事にも魔法は役に立つけど、世界中の魔法使いがみんなお父さんと同じ仕事をしてるわけじゃない。どんな職業にだって魔法は役立つからね。でも、そういうお金をかせぐ仕事とは別に、魔法使いは人生の仕事として、この世から悪い魔力を少しでも減らす努力をしているんだよ」
「どうやって減らすの?」
「マイナスにはプラスをぶつける。悪い魔力は良い魔力で中和するんだ。これを〈
「おー。そっか」
「それから、世の中には、悪い魔力を良い魔力にひっくり返すことのできる、すごい魔法使いもいるんだ。このタイプの人たちは、心に悪い魔力をいっぱいためこんで、それをすばらしい芸術に作り変えて、世界中の人たちに一気に返すことができる。人類の文化には、そうやって生み出されてきたものがたくさんあるんだよ。だからひょっとすると、悪い魔力をためこむのも、必要なことなのかもしれないね」
「ふうん……。でも、そうやって悪い魔力を減らしたりひっくり返したりできるんなら、悪い魔力はどこでどんなふうに増えてるの?」
「それこそ、魔力を返さなかったときに増えるんだよ」
「返さなかったとき? 悪い魔力を返したら、相手を不幸にしてしまうんじゃないの?」
「逆だ。魔力を返すのは、自分のためだけじゃなく、相手のためでもあるんだ」
と、お父さんはあたしの両肩を持ってくるりと回転させた。丸いすが音もなく回って、あたしはお父さんと向き合う形になった。
「ためしに、お父さんに『ばーか』って言ってごらん」
あたしは顔をしかめて、首をかしげた。お父さんは、ほら、と言うように小さくあごをしゃくってうながす。しかたがないので言われた通りにしてみた。
「ばーか」
するとお父さんはとつぜん無表情になり、うつむいて目をふせた。あたしは急に取り残されたような気持ちになった。お父さんはじっと動かず、だまりこくっている。なんだかむねの中がもやもやしてきた。しばらくしてやっとお父さんは顔を上げ、元の表情にもどってこうきいた。
「どんな感じだった?」
「いやな感じだった」
「そうだろう? 悪い魔力を返さないと、魔力を発した方も、受けた方も、どっちもいやな気持ちになる。すると、両方に同じだけ魔力が残って、結果的に悪い魔力が二倍に増えてしまうんだ。ちなみに良い魔力の場合は逆で、返さないと消えて、返すと二倍になる」
「おおー」
「じゃあ今度は、お父さんとかわりばんこに言い合いをしてみよう。もう一回『ばーか』って言ってごらん」
今度はどうなるんだろう。あたしは期待しながら言われた通りにした。
「ばーか」
「ばかじゃないもん」
「ばーか」
「ばかじゃないもん」
「ばーか」
「ばかじゃないもん」
「ばーか」
「ばかじゃないもん」
あたしはだんだん面白くなってきて、とうとう笑い出してしまった。
「ほら、楽しいだろう? 悪い魔力だって、ちゃんと返せばその場で消せることもある」
「すごい!」
「こうやって、プラスにプラス、マイナスにマイナスをぶつけるのを、〈
「分かった」
「よし。では、次」
と、お父さんは、あたしをもう一度くるりと祭壇のほうへ向き直らせた。
*
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