第四の掟
「第四の掟。魔法使いは、常に心安らかであらねばならない」
「魔法使いは、常に心安らかであらねばならない」
「これは、魔法使いの基本的な心構えだ。魔法のようなむずかしいことをやる時は、当然落ちついていたほうがいいに決まってるからね」
「うん。分かる」
「ただし、これは『常に』だ。なぜなら、魔法使いになると、魔法を使わないでいることができなくなるからだ。いつも何かをするたびに、ついつい魔法を使ってしまう。だから魔法使いは、朝起きてから夜ねるまで、ずーっと心を安らかにしていなければならないんだよ」
「ええー、大変だなあ……」
「大変だろう。もう泣いたりわめいたりできなくなるんだ」
そういえば、お父さんが泣いたりわめいたりしてるところは見たことがない。もちろん大人はみんなそうだけど、それは、ほとんどの大人が魔法使いだったからなのだ。
「それから、これも大切なことだから言っておくよ。一度魔法使いになったら、二度とふつうの人にはもどれないからね。魔法使いをやめることは、できないんだ」
「そうなの?」
「うん。これは別に掟で禁止されているわけじゃなくて、不可能なことなんだ。例えば、言葉がしゃべれるようになったら、もう二度としゃべれなかったころにはもどれないだろう? それと同じことだ」
「赤ちゃんが子供になったら、もう赤ちゃんにはもどれない、みたいなこと?」
「そうだ」
お父さんは、あたしをほめるように大きくうなずいた。
「じゃあ、魔法使いにならないと、一生赤ちゃんのままでいるのと同じこと?」
「うん。よく似てる。魔法使いが見ている世界を、ふつうの人は一生見ないまま死ぬんだ。同じ世界に住んでいるようで、全く別な世界に住んでいるんだよ。魔法を知らずに生きるということは、この世界の喜びも、幸せも、ほんの少ししか味わえないということだ。その
分かる気がする。一年生のとき、プールで水に顔をつけるのがこわかった。でも、それを乗りこえなければ「けのび」もできない。クロールですいすい前に進む気持ちよさも、水にもぐって太陽の光がきらきらおどる水面を見上げる楽しみも味わえない。ただ、一生水に入らなければ、絶対におぼれて死ぬ心配もないのだ。
「どうしても泣いたりわめいたりしたくなったときは、どうすればいいの?」
「一人になればいい。そうすれば、少なくとも魔法で他人にめいわくをかけることはない。泣きながら、うっかり自分に変な魔法をかけちゃうことはあるかもしれないけどね」
「え? 自分で自分の魔法にかかっちゃうこともあるの?」
「よくあることだ。いや、『魔法にかかる』と言うより、『魔力に飲まれる』と言ったほうがいいだろう。魔法使いでなくても、魔力はだれもが持っている。魔法を知らない人や、
「ええー……」
どうしよう。魔法には興味がある。けど、急に不安が出てきてしまった。もし魔法の世界でおぼれたら、どうなってしまうんだろう。心が安らかじゃなくなって、じたばたもがいて、息ができないほど苦しいのだろうか。
「もしそうなったら、どうすればいい?」
「だいじょうぶ。美由のことは、お父さんが見守っててあげるから」
「……うん。分かった」
あたしは安心してうなずいた。そうだ。プールでも、先生がいたから平気だったのだ。
「魔法使いになるかどうか、じっくり考えなければいけない理由が分かったね?」
「はい」
「よろしい。では、次だ」
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