第三の掟

「第三の掟。魔法の名前を、みだりに名乗ってはならない」

「魔法の名前を……、魔法の名前?」

 あたしはお父さんの言葉をくり返すことより、質問をがまんすることができなかった。魔法の名前って、どういうことだろう。

「魔法使いは、ふつうの名前のほかにもうひとつ、魔法使いとしての本当の名前を持っている。それが魔法の名前だ」

「なんでそんなものが必要なの?」

「他人に支配されないためだ。人間の名前はたましいとつながっている。人に名前をよばれるということは、魂をつかまれるのと同じことなんだよ。そうなると、人間はかんたんに魔法にかかってしまう。魔法使いはそれをさけるために、本当の名前を明かさないようにするんだ」

「じゃあ、お父さんにも、もうひとつの名前があるの?」

「もちろんだ。お父さんの名前は瀬高道次みちつぐだけど、人から『瀬高道次』とよばれても、魂は何の影響えいきょうも受けない。これは表向きの名前で、お父さんの本当の名前じゃないからね」

 今夜は次から次にびっくりする話を聞かされる。あたしが今まで生きてきて、ずっと信じてたお父さんの名前が、うその名前だったなんて!

「なにそれ……信じらんない……。じゃあ、お父さんの本当の名前はなんていうの?」

「それは教えられないよ。美由が一人前になったら教えてあげる」

「なんで! 親子でもだめなの?」

「親子でもだめだ。それくらいの最重要機密きみつなんだよ。魔法の名前というものは」

 あたしは大きなためいきをついた。お母さんの写真の前でキャンドルの火がちらちらゆれて、まるでお母さんが笑っているみたいに見えた。

「……分かった。じゃあ、あたしはどうなるの? 瀬高美由じゃなくなっちゃうの?」

「そうだ。でも、その名前は表向きの名前として今まで通り使い続けなさい。周りのみんなには瀬高美由だと思わせておいて、お前はこっそり別人になる。魔力のこもった本当の名前を新しく手に入れて、魔法使いになるんだ」

「じゃあ、ちょっと待って。かわいいの考えるから」

「だめだよ。名前というものは、人に付けてもらわないと効果がないんだ。美由の魔法の名前は、お父さんが決めます」

「えー……。気に入らなかったらいやだなあ……」

「そうか。なら、こういうのはどうだ? お母さんの名前をそのまま引きつぐというのは」

「瀬高由紀ゆき?」

「それは表向きの名前だ。魔法の名前はもっとかっこいいぞ」

「英語とか?」

 あたしが真顔できくと、お父さんは笑って首をふった。

「まあ、もしも美由が魔法使いになると決めたら、そのとき教えるよ。魔法の名前は、名付けられる瞬間しゅんかんに初めて耳にするのでないと、意味がないんだ。それまで楽しみにしていなさい」

「うーん……」

 まだ不安そうにしているあたしの肩を、お父さんは両手で力強くなでてくれた。

「だいじょうぶ。なにしろ、世界一偉大な魔法使いの名前を引きつぐんだぞ。そうすれば、お前の中でお母さんがずっと強い魔力をあたえ続けてくれる。つまりお前は、世界一強い魔法の名前を手に入れることになるんだ」

 そう言われると、なんだか悪くない気がしてきた。

「そっか。そしたらいつもお母さんといっしょにいられるみたいだし、ちょっといいかも」

「そうだろう?」

「うん」

「そのかわり、お母さんの名にふさわしい、りっぱな魔法使いにならなくちゃいけないぞ」

「うわあ……」

 大変、これは責任重大だ。

「まあ、それも、美由が魔法使いになるって決めたらの話だけどね。では、次」


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