第一の掟

 祭壇には今夜もアロマキャンドルの小さな火がともされている。かわいいたまご型のグラスに入ったキャンドルで、オレンジのやさしい香りだ。あたしにとってはこれがお母さんのにおいだった。その香りに包まれて、あたしはお父さんの低くおごそかな声を聞いた。

「第一の掟。魔法のことは、秘密ひみつにしなければならない」

「魔法のことは、秘密にしなければならない」

 あたしはお父さんの言葉をくり返した。そうしろと言われたわけではないけど、そうするのが正しいような気がしたのだ。お父さんはうなずいて説明を続けた。

「これは、魔法を知らない人たちをこわがらせないための掟だ。だれだって自分の知らないうちに心をあやつられるのはいやだろう。そんな力を持った人間が身の回りに大勢いると分かったら、ふつうの人は不安で生きていけなくなってしまう。だから、魔法のことを軽々しく人に話してはいけないんだ」

「待って。魔法使いって大勢いるの?」

「ああ、もちろん。世の中の大半は魔法使いだ」

 知らなかった! ということはつまり、この世界は本当に魔法の国みたいなものだったのだ!

「その中でお母さんが一番だったの?」

「そうだ。この世で最も偉大な魔法使いだった」

 お父さんが大きくうなずくのを見て、あたしはむねの中にほこらしさが花のように開いていくのを感じた。

「お父さんは今までいろんな魔法使いに会ったことがあるけど、お母さんほどの人は見たことがない。美由は、そのお母さんの血を引いている。きっとりっぱな魔法使いになれるぞ」

「うん」

 あたしは祭壇にかざられたお母さんの写真をそっと見つめた。これは本当に不思議な写真で、見るたびにお母さんの表情がちがって見える。日によって、幸せそうにも、さびしそうにも見えたし、あたしが悪いことをしたときには、きびしい目をしているようにも見えた。今夜はあたしをはげましてくれているように見える。──そうか、これはきっと、魔法の写真なのだ。

「お母さんは、静かで落ち着いた人だった。レベルの高い魔法使いほど、目立たないようにしているものなんだよ。みんな秘密を守ってるから、ふつうの人には分からないけど、町で見かけるたいていの大人は魔法使いだ。子供にも、ときどきいる」

「見れば分かるの?」

「分かるよ。美由も魔法がうまくなれば、すぐに見分けがつくようになる」

「じゃあ、相手が魔法使いだったら、魔法の話をしてもだいじょうぶ?」

「うーん、どうかな。それは掟を破ったことにはならないけど、あんまりお上品なことじゃないね。それに、もしまちがいだったら取り返しがつかない。やっぱりやめといたほうがいいな」

「そっか……」

「魔法の秘密を明かしていいのは、誰かに魔法を教えるときだけだ」

「はい」

「では、次はそれについて」


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