第2話 もう貯まってる
左手でレッドアイを飲みながら、右手で玉子を割る。調理台の上には、ボウルに入った満月がすでに5つ出来ていた。
「僕の手は玉子を割るためにあるんじゃないんだよねぇ」
「はぁ?!じゃあ何割るんだ!」
「ハニー達の噤んだ唇とか閉じた膝とか……」
そっち系には奥手なタマちゃんの頬が赤く染まる。トパーズ色の髪と金色の瞳には似つかわしくないその恥じらいの色に可笑しさが込み上げた。
その時、ギィと軋む音と共に勝手口が開く。
入ってきたうっしーはトマトジュースの段ボールを3箱抱えていた。
「……あ、うっしーサンキュ」
「ふんもお」
うっしーに続いて入ってきたフラちゃんも瓶ビールのケースを抱えている。
「あ、フラちゃんもサンキュ」
「ノー問題」
いつも注文する酒屋には置いていないその銘柄のトマトジュースとビールは、僕のお気に入りで、店に出すというより『僕が飲む』ために別の店に注文している特別なセットだった。
ただ、ほら。
いつもの酒屋に頼むんじゃないから、配達はしてくれなくてね。
いつも、うっしーとフラちゃんに運んでもらってるんだ。
この二人は力があるからね。
僕だって持てない訳じゃないんだよ。
スマートな見た目から非力だと勘違いされるけど、ヴァンパイアは力もあるからね。
でも僕の手は、ハニー達を悦ばせる為だけに使いたいんだ。
「キュウ、新規で予約が入ってる子達の情報だ」
そう言って現れたのは
みんな、はじめまして、だったかな?
むっちゃんはね、長い銀髪の細マッチョ、バイセクシャルだからフラちゃんにアプローチしたりしてるけど、情報収集能力はピカイチで頼りになる。
まぁ、僕のことだけは調べて欲しくないけど。
グラスに口を付けながら、傍に置かれた紙の束をペラペラと捲る。
そこには今日初めて来店する女性たちの個人情報がびっしり書かれていた。
「一人目……海ちゃん。温泉旅館の美人女将で、歴女」
「二人目……壱華ちゃん。リサイクルショップの店員で、足に自信あり」
「三人目……良子ちゃん。お好み焼屋の看板娘で、ペットはイソギンチャク」
ふぅん。
今日も美味しそうなハニー達がやってくるようだ。
「はい、うっしー」
「ふんもお!」
「はい、フラちゃん」
「ノー問題」
「はい、むっちゃん」
「あぁ、これくらい容易いことだ」
白い封筒を手渡すと、それぞれ持ち場に消えていく。
その一部始終を見ていたタマちゃんが不思議そうに尋ねた。
「キュウ、今のなんだ!?」
「なにって、お金だよ?」
「か、金ぇ!!!???」
タマちゃんのデカイ声のせいで、厨房に置いてある皿やらグラスやらがカタカタと震える。
「キュウ!お前!人に金渡す余裕ないはずだろ!!それともあれか!嫁連れてく方にすんのか!!!」
ビリビリと震えていた壁が、静けさを取り戻してから僕はゆっくりと口を開いた。
「何言ってるの?僕、もうとっくに罰金貯まってるよ?」
「「「えぇぇぇぇぇぇ!!!」」」
タマちゃんだけじゃなく、一旦は持ち場に戻ったはずのうっしーもフラちゃんも、いつも冷静なむっちゃんまでも驚いた。
さぁ、ハニー達。
少し復習してみようか。
ここは人外レストラン『trick or treat』だと教えたよね。
今日は、もう少し詳しく教えてあげよう。
ひまわり町にある当店は、大通りからちょっと入った暗くて細い通り――ちどり通に面した、蔦が絡まる煉瓦造りの建物でございます。
皆様、店名を見て勘違いされております。
――『従業員が仮装しているお店』だと。
しかし、答えはノー。
実はこのレストランの従業員は皆人外のモンスターや魔族たちなんです。
嘘じゃないんだ、本当だよ。
じゃあ、なぜここにいるのかって?
欲しがるね、ハニー達。
……簡単に言うと、魔界で罪を犯したりして下界に落とされた者の集まりなんだ。
魔界に戻る方法はたった二つだけ。
(1)このレストランで働いて規定の罰金額を貯めること。
(2)現在深刻な嫁不足問題を抱えている魔界に、下界の女性を嫁(候補)として連れて帰ること。
罰金額はね、信じられない位多いんだ。
だから皆驚いたんだと思うよ。
「……キュウ、お前、
「うん」
「……だとしたら……こん中で罰金一番高ぇんじゃねぇのか?」
「うん、だろうね。」
「……なのにもう貯まったのか!?」
「うん」
一度シンと静まり返ったあと再びタマちゃんの質問攻めが始まった。
「キュウ!じゃあ、お前何で帰らねぇ!」
「女か!嫁連れてくことにしてんのか!」
やれやれ。
僕にとって、魔界に戻ることなんてどうでもいいんだよ。
「こっちの女の子達の方が美味しいからね、僕はまだこっちでゆっくりするよ」
だからハニー達。
僕にお金なんか貢がなくていいからね。
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