第1話 コンシェルジュorバーテンダー

 どんなキスをするんだろう。

 どんな風にベッドに誘い、どんな風に触れるんだろう。

 舌の温度、指使い、重なった瞬間どんな表情かおをするのか……


 ハニー達は恋をすると、その人の全てをすぐに知ってしまおうとするだろ?


 ――でもね


 全て知ってしまったら、つまらないと思わない?


 だから僕はね、まずはこうしてゆっくり語らうことにしてるんだ。


「かけられるだけの時間をかけてね」


 ドリンクメニューを握らせ、瞳を合わせると、カウンター越しだというのに唇をうっすらと開き甘ったるい吐息をもらす。


「……キュウちゃあ……ぁん」

「ハニー、次は何にする?」


 バーカウンターに並ぶ沢山のボトル。

 目を閉じていたって、どこにどのリキュールが置いてあるかわかる。それほどまでに、ここは僕の専用席みたいになっていた。


 別に『バーテンダー』ではないんだよ。

 ほら、最初に言った通り、僕はこの店の案内役コンシェルジュだから。

 でもね、僕が作るドリンクは他の奴等が作るものより人気なんだ。


 だってそうだろ?

 牛男のうっしーは全てに牛乳milkを混ぜようとするし、ミイラ男のミィはグラスに包帯を浸からせるし、フランケンシュタインのフラちゃんは大雑把というか……まぁ、言わなくてもわかるよね?


 女性を楽しませなきゃいけない。

 目も、舌も、ハートまでもね。

 …となると、やっぱり僕が適任なんだよ。


 え?案内役コンシェルジュとバーテンダー両方だなんて大変じゃないかって?


 ハニー達は優しいね。


 でも心配しないで。

 予約の電話を一番に受けるってことは、ハニー達の声を真っ先に聞けるってことだろ?

 扉を開けるのも、エスコートするのも、好きでやってるんだ。

 ハニー達の喜ぶ顔が見たいからね。

 それに、アルコールの入ったハニー達は特別可愛いから――だからちっとも大変じゃないんだよ。


「はい、ハニー。ブラッディ・オレンジをどうぞ」

「……はぁあん」


 ウォッカの吐息に混ざり、彼女の精神spiritが零れ出すのが見える。


「……いい子だね」


 余すところなく吸い込もうと、その口元へゆっくり顔を近付けた。


 ――その時。


「おい! キュウ! そんなとこで油売ってねーで玉子割れっ!!」


 店中にビリビリとした振動と無駄に大きな怒鳴り声が響く。

 楽しいバーカウンターの唯一の欠点はこれ。

 オープンキッチンにいるタマちゃんから頻繁に呼ばれ『玉子割り』を手伝わされること。


「やれやれ……」


 怒声に驚いた彼女が口を閉じてしまったせいで、吐息は半分しか吸い取れなかった。


 レッドアイを片手に厨房へと入るとイライラの収まらないタマちゃんがフライパンを片手に僕を待っていた。


「生卵にさわっただけで蕁麻疹ができちゃうなんて、タマちゃんも難儀な体質だよね。そんな人がなんで玉子料理を作ってるんだか」


「俺だって作りたかねーわ!よりによって、お前ら全員殺人レベルに不味い料理しか作れねーじゃねーか。客がこなきゃ俺らは魔界には戻れねえ。それで仕方なく俺が料理つくってんだろーが」


「ま、確かに。でもさぁ、精神spiritを吸収してる時は呼ばないでよ」


「何言ってんだ!今日で何人目だ!十分じゃねぇか!」


「まぁ、一人分吸えば1日いけるよ。でもさぁ~……」


「うるせぇ!!早く玉子割りやがれぇ!!」


 はいはい。


 さて、ハニー達。

 本日は一つだけ新しいことをお教えしましょう。


 僕はね、昔話や映画で見るような、あんな血なまぐさいヴァンパイアではありません。

 白い首に牙を立てて血を吸う、だなんて時代錯誤もいいところだと思わない?

 少なくとも僕はいつだったかそう思ったから別の方法を編み出したんだ。


 それがこれ。


 レッドアイを飲むことでしょう!って?

 違う違う。

 レッドアイはただ単に好物なだけ。


 正解は……


 ハニー達が快楽を感じたとき、吐息と共に漏らす精神spiritを吸収して生きる方法。


 日本で言う『魂を抜かれる』とは全然違う。


 ハニー達は痛くも痒くもないし、どこも傷付いたりしない。


 ね、だから……


 わたくしキュウは、お客様のまたのご来店を心よりお待ちしております。

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