儚き反撃
〈才なき者〉アルゴナは故郷で穏やかに過ごしていた。〈完璧なる者〉サエンザですら権力闘争に巻き込まれたように、異分子は争いを呼ぶ。魔女の弟子で平和というものを享受できたのは彼だけであろう。
アルゴナはその見いだされた適正の通り、他の弟子たちに比べれば戦闘能力は遥かに落ちる。しかし、それは平和ならば不要であったし、人造英雄となることが出来ずとも、聖騎士の中か下ほどの能力は獲得していた。
つまりはアルゴナは人間社会に溶け込むのに長けていた。もとからの穏やかさに加えて、ふくよかな体型が相まって愛嬌となっている。故郷で平凡な騎士として生きて、死ぬ。それがアルゴナの人生のはずだった。
しかし、魔女の弟子にそんな生が許されるはずもなかった。彼の故郷は水で埋め尽くされていた。一見して美しい光景は、地獄を内包している。
「どうして……?」
アルゴナは己の魔器によって引き起こされた災禍を前に、呆然とするしかない。
漏計グラプシー。水時計型のソレは、脱出不能の底なし沼を形成する機能を持つ最強の魔器であった。
そして、最強の魔器ということはそれだけ魔女が力を注いで作ったということだ。
アルゴナは何も悪くない。緑豊かな小国で善人として暮らしていた。ただ魔女の手のひらから逃れられなかっただけだ。
三度続いた創世器の発現は、天空の神々すらも恐れさせた。ならば結果として、なにも行動せずとも神器使い達は操られるまま彼を襲う。
常に人類を、国を見てきた魔女の予測はもはや予知の領域。弟子たちが何をしようと、どう思おうと自動的に運命力を溜め込んで創世器を生み出すことは決定しているのだ。違いは時間ぐらいのものである。
「どうして、か。それはまた深遠に見えて浅い疑問だな。グラプシーは元々、君の実力を補うためのものだ。君とサエンザの実力差を一気に埋めるとなれば、身体能力向上では不可能。ゆえに、このように決定的な能力を与えた」
「師匠……?」
いつの間にか黒き魔女が近くに佇んでいる。その理由は言うまでもない。
ここに来てようやくアルゴナは他の弟子と同じ感情を共有した。恐怖。そして怒り。だが、穏やかなアルゴナは徹底的に他者を憎むという素養に欠けている。
「僕の。僕の、家族は……」
「君の魔器の力、最もよく知るのはいまや君のはずだ。そして、そこから派生した創世器もまた然り。神器使いですら浮き上がって来ないのだ。一般人は言うに及ばない……悲しいな」
どの口がそれを言うのか。アルゴナだけでなく、他の弟子たちもこの女に縛られ続けてきた。それでも、アルゴナには実際に口にすることができない。そこまでもただの青年に過ぎない。
しかし、ああしかし。だからこそ。
「伏せろ! アルゴナ!」
「君が上なら、私は下からだ」
救いは常に只人を救うためにある。少なくとも、彼らは家族なのだ。
見慣れた白髪頭と、颯爽とした貴公子が登場しておとぎ話の英雄のように事態は推移する。
白髪頭、すなわち半端者コウカはそれまでアルゴナが知っている彼では無かった。樹槍に加えてもう一本槍を持つ二刀流というスタイルだけでなく、勇気の塊のように恐るべき魔女に立ち向かう。
貴公子サエンザもそうだ。どこか共闘を楽しむような顔を浮かべていた。
「おやおや。何度も思うが、私にはとことん人望が無いらしいな」
「ほざけ、アルゴナから離れろ」
「ははっ。今まででもっとも理解不能な行動だ! 君が私に勝てるのかね?」
「やってみるさ!」
コウカとサエンザはとうとう完全に魔女へと敵対した。それは勝算あってのことなのか……知っている者は当人だけだろう。
見かけは美しい湖面を望む、残されたわずかな陸地を舞台に第一戦が開始された。
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