決別を目指して

 魔女を倒す。その言葉の重みは、同じ境遇の者にしか分からない。そして、サエンザはそれを誰よりも理解している人物だった。

 なぜなら、かつて魔女と戦ったことがある唯一の者。それがサエンザだからだ。そして、それがあったからこそサエンザは真に〈完璧なる者〉になったとも言える。天才が納得する初の敗北を味あわせたからだ。


 その経験からすれば、魔女を打倒するなどというのは不可能な行為だ。アレは全ての性能を極めつくしている。加えて、弟子たちの武具を作ったのも彼女であり、手の内もバレている。



「倒す……」



 いや、待て。サエンザが親友と見る男は倒すと言った。殺すとか、止めるではない。今の単語を口に出したことさえ失敗だったと、勘が働く。


 そこでサエンザはコウカの顔を見た。恐怖と疑問と確信がまだら模様を描いている、その瞳。それは何かの賭け・・に挑む男の顔だった。

 揺れて、挫けそうな様子がありありと分かる。それでもまだ前進を止めていない。かつての〈半端者〉には見られなかった顔だ。



「冗談だろう? あの人を倒すなんて、できるもんじゃあない。一度負けて骨身にしみてるよ」

「お前でも無理か……可能性ぐらいはあると思った俺が馬鹿だった」



 言葉とは裏腹に伏せたような顔は互いに険しい。恐らく魔女はこの会話を聞いている。見てすらいるかも知れない。心を読まれていてはお終いだから、それは考えない。


 今、対の人造英雄は本当の兄弟以上に心と仕草だけで会話をしている。口に出る言葉は真っ当な会話のように見せかけながら。



(可能、不可能だけで言うなら可能だろう?)

(可能だ。しかし、確率が低すぎることに変わりは無い)



「それにしても君が騎士とはね。できればこの国で騎士になってくれればよかったのに。そうすれば楽に生きれた」

「まぁな。けど、今のフォールンはそこまで悪い国じゃない。何より地位とかまで金で変えるからな。事前に潜り込む所としては最高だ」



(確率を上げる方法は、相手の想像からズレることだ。上回る必要は無い)

(そうだ。ただ、最低でも我々全員の賛同と外からの助けが必要だ。いや、もしかして、君はだからフォールンを立て直しているのか?)

(アレの愛は歪んでいるが、弟子への干渉は最小限にしているフシがある。そして強いて魔女の弱点を挙げるなら、万能過ぎること、そして視野が広すぎることだ)



 深遠なる魔女の計画は、人の思いも寄らない年数をかけたものだろう。ならば人間では出し抜けないか? 答えは否だ。


 サエンザは人の上に立つ家の生まれであるからこそ、コウカが何を狙っているのか理解した。

 量と質、それらの内の量を魔女が気に留めていない部分から抽出すればいい。英雄の最後は往々にして、取るに足りない者達から引きずり落とされて幕だ。それをスケールアップして行うわけだ。



(そうなると、被害が大きくなるな)

(それが問題であると同時に、方法の一つだ。頭が良すぎる師匠だが、目的のための行動中にやれば当然鬱陶しさが増す)

(選択の機会に対して、万能であればあるほど打てる手が多すぎて混乱する。優秀さが短所になる唯一の時間)

(そうだ。そして我々の側の行動にもひねりを加える。いや、立ち向かうだけでも十分だが、それだけではとても足りない気がする)

(……コウカ。君はもしかして、その瞬間――)

(眩しいものがあると知った。輝きはお前のように優れた個体からだけ放出されるものではない。なら十分だ)



 他愛もない世間話。そうとしか見えない光景が続く、メイドがたまに茶菓子を運んだが、いつまでも終わらなかった。

 その女性は、あんなに楽しそうな若様は初めて見たと同僚に話した。

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