対の再会

 しかし、やはりあの男は故郷でも出来物だと評判らしい。フォールンの印が刻まれた巻物で首をべしべしと叩きながらコウカは、馬上で待っている。


 ナルレの屋敷はもはや屋敷と呼べない代物にしか、平民生まれのコウカには思えない。門と壁がやたらと大きい上に、母屋に接続された離れがいくつも見える。

 素人目にも戦にさえ備えた造りだと分かる。


 昨日泊まった旅籠の女将さんはナルレの若様を褒めちぎることに余念が無かったが、まさかこの白髪頭が会いに来た相手がソレだとは思うまい。


 ……どうにも気まずい。コウカはナルレ家の門番に、「〈半端者〉が来たと言えば分かる」と説明したのだが、密偵の類に思われたらしい。しかも他国の親書持ちでは信頼しろという方が無理な相談だった。


 門の左右には槍兵が気合を込めて立っている。気配からすると弓箭兵も壁の後ろに控えていることが分かった。

 堕落の国に住んで世の中のことを多少知ったコウカとしては、真面目過ぎだろうと感嘆を通り越して呆れるほかない。



「サエンザは元気かい? あいつは能力が高すぎて、危険なことに真顔のまま飛び込んでいくところがあるが……」

「はぁ……」



 門衛との人間関係の構築には失敗。むしろ主を呼び捨てにされたことで、不快な印象を持たれたようだった。

 こちらも嘘は言っていないし、今では社会的な身分もあるため、あっさりと取り消すこともできない。

 さらに気まずい時間が長引くかと、コウカが危惧し始めた頃……



『お館様! どこの馬の骨とも知れぬ輩に……』

『いいから、どいてくれ! 久しぶりに兄弟と……』



 魔女の弟子として鍛え抜かれた五感が、遠い建物内の音を拾う。ああ、来てしまった。そりゃ昔のように頭ごなしに否定する気は失せたが、苦手なのは変わって無いんだよ。


 そんな内心など知らぬとばかりに、恐るべき勢いで強烈な気配が近づいてくるのをコウカは感じ取る。

 重いはずの門扉が一人の人間によって、勢いよく開かれる。久しぶりに顔を拝む前に、馬上のコウカに男は器用に抱擁を与えた。



「久しぶりだ、コウカ! 知っていたら盛大なもてなしをしたものを!」

「いや、そういうのは苦手だ。ついでに離せ。美形でもそういう趣味は俺には無い」



 爆笑と共に並の人間なら息が止まりそうな威力で背を叩かれる。そんな中、コウカの冷静な部分はサエンザもかつてのサエンザと違っていることを感じ取っていた。


/


 異常に柔らかい椅子の感触に落ち着かなくなるコウカ。こんな椅子はフォールンの城にも無かった。豊かな国って凄いな、と低次元の感想を抱きながらコウカはサエンザと向かい合っていた。



「そうか……師が出てこられたか」

「ああ。俺の魔器は創世器とかいうのに変えられ、意識を消失した。この槍も機能は失っていないが、抜け殻のようにしか思えない。そして、城ほどもあるバカでかい木を連れてどこかへ消えた」

「“魔器には本来の姿がある”……師がほのめかしていた言葉だが、そういう意味合いだったのか」



 弟子が集めた運命力を収集した魔器を、本来の姿へ戻す。そして、然るべき場所へと成果物を配置する。

 それが魔女の計画にとって大事なことなのだ。



「俺も柄にもない騎士になって、色々と情報を集めた。現時点で創世器の材料にされたのは俺、カナッサ、そしてラルバだ」

「ラルバも?」

「あいつは早々に神器使いを撃破していたらしく、羽化にかえって時間がかかったようだ。残るはお前、タトゥーリオ、アルゴナで丁度半分。ここが分水嶺だと俺は見る」

「すると、コウカ。君は……」



 サエンザの目は星のように輝きながら、成長した親友を見ているようだった。そして、自分以外誰も抱かない思いを共有していることに気付いた。



「ああ、俺は魔女を倒す・・。ここに来たのも、お前が未だに魔器の保有者だからだ。そして、過去において唯一魔女と戦ったのがお前だから」



 口にする度に喉がひりついていく決意をコウカは対の者に宣言した。凡俗の精神を持つコウカは、誰よりも恐怖を味わいながら、最も困難な道に挑まんとしていた。

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