白の小休止
綺麗な国だ。素直にそう思う。
訓練以来、久しぶりに馬にまたがったコウカはその何気ない景色に圧倒されていた。もちろん彼がそれまで堕落の国に居たため、印象が強まっている部分もあるが、白の国ナリーノが美しいことに違いはない。
「これこそが……ジネットの言うところの良い国なんだろうな」
少し前の騒ぎで多少は荒れた場所も、フォールンの土地に比べればまだマシである。サリオンの計画によって、肥沃な地はあったが……そもそもの力が違うのだろう。
そうした国力に関する知識はコウカには無い。それでも分かるのだ。さすがは〈完璧なる者〉が誕生した地というべきか。
供も連れていないコウカだったが、すれ違う農民達は礼儀正しく穏やかだった。平民とは案外にしたたかな者であるのが、常だ。しかし、それも白の国には当てはまらないらしい。
「あいつは……まさか、家まで輝いてるとか無いよな……」
再会は魔女の領域から外界へと出たとき以来のことだ。コウカの劣等感はそのままだが、不思議と不快とまでは感じない。
その事実を自身で訝しみながら、馬でゆっくりと進んだ。流石に大国だけあって、一日で巡ることは不可能だった。途中で
いらっしゃい、という穏やかな声と程々に騒がしい。それでいてなぜか自分は今、旅をしていることを認識させてくれるような宿だった。
「泊まりなら台帳に記帳してくれるかい? 相手がどなたであろうと、記録する決まりなんだ」
「へぇ。ここまで細かく書くものなのか」
「あたしらからすれば、細かくないほかの国の方が不思議さ。騎士様、一泊ご案内!」
太った女将が言えば、少年が近寄って来て外套などを預かる。堕落の国に限らず、ここまで規則を遵守する宿屋をコウカは見たことが無かった。
「武器はお腰の物だけで、長物はお預かりすることになっています」
「ああ、頼む。これでお前さんも何か食えば良い」
チップとして銀貨一枚を渡す。少しばかり多いが、敬語でキビキビと動く小さな従業員が可愛らしいからだ。
しかし、少年は首を横に振った。
「受け取れません。当然の手順を踏んでいるだけで、こちらが気遣いをしたわけではありませんから」
呆然とするコウカから離れていく従業員は、何度見直しても真面目な子供でしかない。こうした場ではチップを疎かにすると、嫌がらせなどあるのが常識。
コウカは自分にこの国だけだと言い聞かせながら、カウンター席へと座る。
「騎士様はちょっと変わってるね。ここにも士官の口が欲しいとか、隠居するためにとかで結構来るんだけど、どっか違ってるさね」
「例えば?」
「偉そうにしたりとか、必要以上に立派に見せようとしてないってところかね。騎士様ってのは、それが商売でしょうに。まぁどんな仕事でもそうだけどね」
「あぁ~。まぁ色々あったからな。世の中は複雑すぎて訳が分からんから」
怪物じみた師匠に、斧女。そして兄弟たちと、神器使い。自分は強いことを受け入れた上で、大したことは無いと知った。
それでもやれることはあるのだ。だからこうして旅に出てきた。
外界に出てからコウカは精神的にも成長し続けていた。半身であった樹槍が失われたことに加えて、魔女が動き出したことで蓋が外れた。
結果としてコウカは半端なままでも、やれることがあると気付いた。どうせ天が落ちて、地が砕けるのならば……少しぐらいあがいてみるかと思えるようになったのだ。
「女将さん。最近、面白い話とかあったかい?」
「そうだねぇ。ナルレの若様が帰ってきたとか……あとは爺さん連中が光の柱が見えたとか、虹がどうとか……」
夜は更けていく。数日後には大の苦手としていた相手と出会うというのに、コウカの精神には乱れが無い。覚悟というものができるようになったと、自身で気付かないままに……
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