怪物

 かつて〈半端者〉として作られたコウカ。その槍術は達人の領域であり、更にその中でも上位に位置していた。しかし、サエンザにあっさりと追いつかれてしまっていたように、達人であっても超人とは言えなかった。


 だが、現在におけるコウカの槍術はその超人の領域へと片足を突っ込んでいた。

 〈半端者〉というと出来損ないを連想させるが、実際にはコウカにも槍術の才能が無いわけではないことを示す。


 度重なる聖騎士達との戦い。やりたくもなかった神器使いとの邂逅。そして、フォールンで得た短くも豊かな時間で培われた鍛錬。


 それらが後押しとなって大輪の花を咲かせていた。

 皮肉にもそれは、樹槍グロダモルンとの別れによって、自身の不死性に疑問を感じたことに起因している。


 二槍をまるで短剣でも扱うかのように、別々に操る。鋼で出来た通常の短槍は的確に魔女の急所を狙う。いまや創世器の端末でしか無い樹槍は回転させて、防御と牽制を担わせる。



「やるじゃないか。これは君の才能を見誤っていたかな。全くもって羨ましい。私がその域に至るまで50年ほどはかかったぞ」

「化け物が……!」



 魔女は何もない空間から取り出した槍を振るって対応している。恐らく、精神的動揺を誘ってのことだろう。そして、それは見事に作用していた。

 肉体だけでなく、技も超人となった今のコウカには分かる。魔女の武術は才能や反則によるものではなく、単に時間をかけて獲得したものだ。それが意味するところは圧倒的な経験値の差。

 仮に魔女の技量がコウカと同等でも、そこで差が付いてコウカは敗北する。いや、上回っていても同じ可能性がある。



「それにしても健気じゃないか。アルゴナを避難させているサエンザが戻ってくるまで待つつもりかな? それなら何も戦わずとも応じてあげるけれど」

「抜かせよ。お前の言ほど薄っぺらいものはこの世に無い」



 そもそもコウカと同じ槍を持ち出して戦っていることが、魔女の優位性を示している。魔女の弟子たちは魔女から武術を教わったのだ。そして、魔術がいかなるものかも教授していた。

 つまり、魔女はコウカに対して相性の良い武器を出せばいい。あるいは弟子たちが使えない魔術で遠距離からなぶり殺すことも可能。

 

 だからこそ、コウカは魔女の一挙手一投足を観察する。この倒すべき敵が見せる癖や感情を脳に焼き付けていく。弱点を探すのは無駄なことだと、分かっているからしない。

 全ての計画を脳裏だけで組み立てていくための材料だ。



「それにしても普通の槍とはね。私が樹槍に対して何かしているかと疑っているんだね。実に可愛らしい」



 それは事実だ。魔器の主は自分たちであったが、創世器の主は魔女である。恐らく抜け殻の樹槍を胸に刺したところで、傷も負わないか、その特性で自分を再生させるのが目に見えるようだった。


 コウカはそれには応じず、話題をズラして対応する。


「今更育ての親気取りはやめてくれ。俺たちはともかく、アルゴナにした所業は悪辣にもほどがある。陰謀好きですらやりたくないだろう」

「だって、そうしないとあの子は魔器を使わないだろう? 優しい子だからね。私も胸が張り裂けそうだよ。あんなに良い子を千尋の谷に突き落とすなんて、好きでやっているはずが無いじゃないか」



 それを許せとでも言うのか。

 怒りに一瞬、我を失いそうになるが押し留める。


 未だ魔女の手の内だが、いずれ覆すために。今はひたすらに耐えるのみだ。それは耐え難い恐怖だが、セネレとジネットの顔を思い起こせば不思議と耐えられる気がした。



「ふふん。真打ち登場かな?」

「すまない。遅れた」

「構わない。嬲られてる最中だったしな」



 煌く剣が頭上から繰り出される。繰り手は言うまでもない。

 コウカが憧れ、焦がれた英雄と肩を並べて戦えるのだ。恐怖が遠のくのは当然だ。


 例え、これが本番では無いにせよ……二人は師へと向かって大地を蹴った。

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