大いなる風と海

 神器使い本人と同等の魔器使いによって、聖騎士達は見るも無惨な屍を晒す。あたりは血の泥沼。砕けた甲冑と聖剣が隠された財宝のように輝いているが、それすら醜さのアクセントにしかなっていない。


 朧剣という短い得物で、聖騎士というそれなりの・・・・・超人を仕留めた結果だ。カナッサは投剣術の達人ではあるが、この聖騎士達は力に驕る性質ではなく、それぞれが相応の技量を備えていた。


 結果がこの有様だ。何度戦ってもこうなる。〈完璧なる者〉サエンザのように圧倒的な才覚があるわけではなく、〈半端者〉コウカのような不死者でもない。

 〈醜き者〉が作れる光景はやはり醜い。キーコに見られない内に自虐を済ませようとして、カナッサはなぜか立ちくらんだ。



「ガッガガッ、ガッ! なんだってんだ、これは……!」



 敵による攻撃かと最初は考えていたカナッサも、言葉を発せられる程度に落ち着くと異常さを自覚し始めた。

 これは苦しみではない。むしろ逆に好調過ぎて起こった異変だ。体の内部に意識を集中させると、朧剣を通した異常事態。


 だが、そんなことはどうでも良くなってきた。逃げなくては。〈醜き者〉は醜いからこそ、凶事の到来に敏感だった。

 いや、そんな理由などなくてもわかっただろう。これは我々全員に共通する恐怖だ。この空気、この臭い。最悪だ。天が落ち、地が崩れる予感がする。



『なんとまぁ予想外の事態だ。〈半端者〉が一番手というのも意外だったが……これは別の意味で予想外。僥倖ぎょうこうと喜ぶべきなのか、我が計画のズレを嘆くべきなのか……』



 白と黒で次元が歪むような朧が、眼前にあった。黒く、それでいて清らかな美しい女の幻像。しかし、これっぽちも嬉しく無い。兄弟達の誰もが同意するだろう。



「くそったれ……やっぱり、あんた絡みかよ……」

『心の清らかさに比べて、あいも変わらずの口調だ。我が弟子よ、今少し品性が欲しいものだね。それに、言っただろう? 予想外だと。これは幾つもの歯車のズレによって発生した運命ではない偶然だ。原因があるとすれば、むしろ君自身だよ』

「ちくしょう……キムル……この幻を消し去ってくれ……! 頼む!」



 朧剣は応えない。朧剣キムルはコウカの樹槍などとは違う。生物との繋がりを利用していない魔器だ。

 ゆえに魔女による遠隔操作・・・・にも機械的に応じる。



『ふむ。この国の神器使いの特性と、魔器の器としての機能が奇跡的に噛み合ったのか。創世器が一つ生まれたことによる影響もあるだろうが……』



 カナッサは逃げ出したい。美しいのに、恐怖の象徴のような魔女からすぐに離れたい。それにコイツが実体では無いと言え、あの子に出会ってしまったら……そう考えているにも関わらず、力の強制的上昇がカナッサの肉体を縛る。



『コウカもそうだったが、人望が無いな。まぁだからこその代行者であるが……説明してあげよう。この国の神器特性は幻影、というのは今更だ。しかし、精度を高めるために親密な者を紛い物・・・に選んでいる。単純だが良い発想だと言える。幻影が精密で無ければ騙せるものも騙せない』

「……何が言いてぇんだよ」

『原因が君ということの説明だよ。要はキムルを使って、紛い物と接触したことから経路が生まれた。結果として、奇跡的に神器との間接接触という奇跡を起こした。いやはや、脱帽だよ。ここまで来ると、君自身が奇跡の塊だ』



 どこか遠くで悲鳴が聞こえた気がした。しかし、誰だ。キーコな気もするが、どこかの誰かな気も、兄弟の誰かな気もする。



『ここまで順調だとは。私も幻影を送るしかないほどで、感謝の意を伝えるに誠意が足りないのは全く不本意だが……ありがとう、カナッサ。真に〈美しき者・・・・〉よ』



 何か、おかしな言葉が聞こえた。だとすれば、遠くの空にいるはずの兄弟弟子は一体……しかし、事態はカナッサを待ってはくれない・


 ――さぁ、これで二つ目だ。



「『目覚めよ、創世器。我が意志を世界に反映せよ――』」



 再び行われる神話の略奪。これで終わるわけが無い。

 変化は全ての弟子に襲いかかる……


 朧剣キムルは幻を吹き消し、創世器〈ウトガルザ・リュトン〉として生まれ変わる。何も言わないままに。

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