カナッサの力

 神器使いや魔器使いの圧倒的な輝きや、大きな宿命を持つものには霞んで見える聖騎士達。

 しかし、カナッサからすればこうした連中の方が恐ろしいと思う。そもそも神器使いだけでは、楽に勝てないからこそ聖剣の類が作られたのだ。


 それがもたらすのは、本来は弱敵であるはずの騎士や兵士の強化。つまりは下の階層を底上げすることで、全体の軍事力を高めること。

 自分の寿命が来るうちかは分からないが、いずれ聖剣という新兵器を更に昇華して、じわじわと神の領域へと人間は侵食していくだろう。


 こいつら・・・・がいい例だ。相手の攻撃もカナッサの陽炎を追ってしまうが、カナッサも視界を阻害される。

 幻術か、あるいは精神操作系の神器。早い話、神器使い自身は一切前に出る必要がない類の戦力だ。


 〈醜き者〉という特別な存在に、人類が対抗できている。いずれ神器も魔器も不要になる未来が見える。



「小賢しく立ち回りおって!」

「行動とセリフが噛み合ってから言え、馬鹿ども」



 それは奇妙な光景だった。互いが互いに本当の居場所から離れた方向に、大真面目で剣を振る。本人達は必死だが、俯瞰する者がいればさぞ滑稽だろう。

 加えて、キーコの存在に気付かれるのも不味い。聡い子で隠れはするだろうが、肉体強化された聖騎士達を相手にどこまで通用するか。


 恐らくこの連中が追ってくるのは、国境までだ。当座をしのげればいい。

 だが、それは可能であろうか? 直接的な戦闘能力は低く、〈半端者〉のように不死も持っていない男である。

 結論から言えば――可能である。



「目覚めろ、魔器よ。魔女の意向を世界に知らせよ――!」



 開始される本領発揮。輝きではなく、空間が揺らいで霞に覆われていく。発動と同時に神威に劣らぬ力が発露する。

 こころなしか、以前より力強くなっている気さえカナッサに起こさせる。



『我らが与えるは実態無き陽炎の加護。追いかけても決して得られぬ無限の水』



 発動する詠唱と同時に、上昇していく〈醜き者〉の活力。運命力を喰らいながら、諦観にも似た不可避の変化。



『大地を蹴って、虹の橋を駆け抜けろ。もはや女神のいない泉を目指して』



 神話に泥を塗りつけながら、朧剣キムルが夢幻の中で立ち上がる。詠唱を食い止められない聖騎士達は出来得る限りの幻像を作り出す。



『ゆえに祈ろう。それだけが楽園へと続く、ただ一つの道と信じて!』



 完全起動を果たす魔器。

 その短剣を握りしめた先にあるのは、すでに軍勢と化した偽りの人型。幻人達は隊列を組み、威圧しつつ本体が分からないように動いている。

 それを前にして、カナッサは平静だった。こと胆力という点で言えば、カナッサは魔女の弟子の中で一二を争う。望んでなどいなかったが、醜さから虐げられた過去が、彼を精神的に強くしていた。



「お前ら……俺と相性が悪いな」



 そんなカナッサは恐らく聖騎士どころか、神器使いも予想していなかっただろう行動に出る。


 カナッサは朧剣を投げた・・・のだ。魔器の存在を知らない聖騎士達にはそれが神器に見える。それは正気とは思えない行動だった。

 神器とは言ってしまえば国そのもの。その効力によって国は動く方針を決めるとさえ言える。


 それを投げた。

 金貨をドブに捨てるような光景に見えただろうが、違う。


 聖騎士の一人は思わず飛来する魔器を掴んだ。適合はしなくとも、これ一つ持ち帰れば英雄的活躍であり、報奨は計り知れない。聖騎士の行動は全く正しい。


 その首に朧剣キムルが突き刺さるまでは、確かに正しかったのだ。


 朧剣ろうけんキムル。陽炎を用いた幻覚と、それに一時的な実体を与えることが可能な魔器である。


 すなわち――



「好きなだけ幻影を作れ。要は幻覚も本物も全て殺せばいいだけだからなぁ」



 朧剣の起動によって上昇した身体能力。それに加えて、時には投擲、かと思えば今度は切り裂き。動きが全く読めない。

 それは朧剣の力だけでなく、カナッサ自身の技量によるものだ。一体、いかなる修練を積めばそれが可能になるのか。

 朧剣はナイフに似た形をしているにも関わらず、ブーメランのように曲線を描きもする。当然、普通に直線軌道も取る。さらに頭の上から降って来ることすらある。


 聖騎士たちに未来は無い。


 〈醜き者〉カナッサ。彼は魔女の弟子の中で、最高の業師である。

 

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