醜き旅路

 〈醜き者〉カナッサは足をベーベル国へと向けた。ベーベル国には兄弟弟子である〈美しき者〉ラルバがいる。

 〈完璧なる者〉サエンザがいるナリーノへ行くことも考えたが、ベーベルよりも遠い。加えてナリーノは内戦が終息したばかりであり、カナッサのような者が入るには骨が折れる。白の国の住人はやけに職務熱心でもあるから、マスク姿では入国も叶わないであろう。


 登り始めた朝日の中、カナッサは野営地の近くにある川で顔を洗った。マスクを外して、水面に映った顔を見るたびカナッサは思う。“これは捨てられても仕方がないな”と。

 諦めを通り越して納得するしかない。自分が見ても化け物の類にしか見えないのだ。むしろ、この素顔を見て兄弟だと認識していた同胞達の正気を疑う……多分、あの連中は魔女の特訓で頭がおかしくなっていたのだろうし、実際そうだった。


 揺らぐ水面に映る過去にカナッサは誘われていった。


/


 おい

 おい……おい……


 背中の硬い感触は安眠から程遠い。しかし、子供の頃から路地裏で寝起きしていた自分は安眠できずとも眠りに誘われる。あとはこの暑ささえ無ければ少しはマシだろう。



「おい! 起きろ、カナッサ!」

「……コウカ?」



 目の前にいたのはおそらくは弟弟子のコウカだった。おそらくというのは彼の特徴である白髪頭があったからで、顔は自分と同じくらいブサイクになっていた。具体的に言うと焼けただれている。



「ああ、そうか……竜は?」

「この洞窟のどっかだ。入り組んでいるから探すのに手間がかかっているんだろ」

「ペッ! 他の連中は無事か?」

「知らん。俺はお前を引っ張ってくるので精一杯だった。そしてあと十秒ぐらいは俺が〈醜き者〉だな」



 宣告通り、コウカの顔がめくれるようにしてシワを作る。その過程を見守っていると、きっちり10秒で顔は普通の青年に戻った。



「あー、タトゥーリオが俺を竜の口に放り込むからこうなる。あ、名前返すよ」

「要らねぇ。それを言うなら弟子の修行にドラゴン狩りなんてものを用意するあのババァが一番悪いだろ」

「違いない。ババァかどうかは分からんがな」



 兄弟弟子達はほとんどが自分を普通に扱う。例外は〈才ある者〉タトゥーリオだが、やつも正面から文句をつけてくるので不快感はそれほどでもない。

 今、ほんの十秒で常人なら死ぬ火傷を治したコウカのような魔女にもたらされた異能のせいだろう。世にこんな力が存在するのならば、醜いぐらい何だという。



「誰かが近づいてくるな。足音から人間だ」

「それだけで誰か分かってしまうな。しかし、カナッサは勘がいい。俺は死にすぎて、そこらの感覚はむしろ減退してしまった気がする」



 足音は近づいてくるに連れて、鉄のような響きだと分かる。ならばやつしかいないだろう。



「いたわね、カナッサ。怪我は無い?」



 〈美しき者〉ラルバ。赤い巻毛の美女が鳴らす脚甲の音だ。俺と対をなす存在なのだが、俺の姉貴分を気取っているような態度がどうにも理解できない。

 この女は醜いモノを徹底的に嫌っているが、なぜかカナッサはそこから除外されている。こうして様子を見に来るほどだ。



「ああ、コウカにおせっかいを焼かれたおかげでな」

「あら、たまには〈半端者〉も役に立つのね。褒めてあげてもいいわ」

「というか、俺は心配してくれないのか」

「なに言っているのよ。溶岩に突っ込んでも生きてるやつを心配することほど、無駄なことは無いわ。アナタを助けに行くぐらいなら、爪を磨いていた方が有意義だわ」

「ひでぇ」



 三人で立ち上がり、いざ再開される竜退治。緑の槍と陽炎の短剣、そして輝く脚甲で今度こそ打ち倒そうと心を一つにする。

 勢い込んで入った赤い洞窟の広間では、サエンザ達が既に竜を仕留めており、オレたちは勢いのやり場を失い、揃って転びそうになった。


/


 過去から帰還する。

 水面は先程までと同じように揺れている。そして、見知らぬ影が増えている。



「随分と懐かしいものを見せてくれやがって、何の用があってこんなことをする? 聖騎士様方が俺のような怪物によ?」

「確かに怪物だな。その顔は虫より醜悪だ。無論のこと貴様を狩り殺しに来たのよ。“聖騎士殺し”」

「御大層なあだ名が付いたな。化け物だのひしゃげたカエルだの呼ばれるよりはずっと良い。一丁、それに相応しい働きを見せてやろう」



 敵に背中を向けたまま、カナッサはカラス面を装着した。その無防備目掛けて付きこまれる聖剣は確かにカナッサを貫いたが、聖騎士に何の手応えも感じさせなかった。



「我らが司るは陽炎。全部が本物かもしれんし、全部が偽物かもなぁ」



 この国を離れるところで本当に良かった。こいつら目掛けて心の膿をぶち撒けてやる。カナッサは2つ名が真実であると知らしめた。

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