羽化には長い時間が
我々というのは樹槍の同胞たる雑草のことだ。ならばその上に積み重なる死とは何か? それを考えると、この僅かな期間に顔を会わせて過ごした人々の顔が浮かぶ。
――もう間に合わない。
そんなことは分かっている。それでも駆けつけずにはいられないのだ。その果てに見るのが絶望だと分かっていても。
――今からでも逃げるのが賢明だ。そう、ついでにお
全くその通りだ。アレが俺の役に立ったことなど一度も無く、手間がかかるばかりだ。敵にすらならない神器使い。世間知らずの聖女様。だが……
「それが何だという!」
助けたのは成り行きで、助け続けたのは気まぐれ。だからといってそれは大切ではないということか? 違うだろう?
駆ける速度は最高速度を一秒ごとに更新中。輪郭しか捉えられない距離からあっという間に粗末な柵と家屋が見える距離に到達した。
幾らか焦げが見えて、整然と片付けられるはずの農具がそこら中に散乱していた。
それに胸が痛む。この名も知らない村での暮らしこそはかつてのコウカが夢見たものだった。思い出せ、故郷での惨めな生活を。
そこから這い上がりたかったわけではなく、まして魔女の弟子になぞなりたくもなかった。この村での暮らしのように温かさを感じるようになりたかっただけだ。
柵を飛び越える。超常の身体能力でそのまま家屋の屋根を飛び越えて、宙へと浮かんだ俺の目に写ったのは、騎士風の男が子供の胸に剣を突き立てた場面だ。
テトと言ったか。竜の鱗を欲しがっていた子だ。俺は親しくなれなかったが、ジネットとよく遊んでいたのを覚えているぞ。
そこのお前。貴様たちを呼び込んだのは俺でも、その罪はそのままお前のものだ。そして俺が背負うのは貴様の死。
我こそは〈半端者〉。善悪定かならぬ最も多き只人を代表するものと知れ。
「目覚めろ、魔器よ。魔女の意向を世界に知らせよ――!」
怒りの詠唱により起動する魔なる槍。緑の光が全身を覆い、あらゆる身体能力をかつて以上に引き上げていく。
その詠唱はこれまでのように樹槍に乗っ取られてのモノではない。俺もまた同時に叫んでいるのだ。
樹槍もまた雑草たちの死に嘆き、俺もまた人々の死を憤っている。
ならば怒りは我らのものだ。これにて貴様らの運命は破壊され、その生命もまた失われる。
「賢明さを失い愚か者に成り下がった、エイクスの子らよ! その生命をもってして貴様らが食んだ草の代償を支払う時が来た!」
自分が何かを口走っているが、総じてどうでもいい。重要なのはそれが純粋たる怒りの発露であることだ。
これにて〈半端者〉はようやくの脱皮を始める。新生には些かの時間が不要だが、何、今この場で無くともいいのだ。
「「「「「目覚めよ聖剣。神の威光を伝播すべく歌え――」」」」」
虚ろな声と共に敵もまた詠唱……いや、合唱した。
俺の到着を待っていたように、5を超える数の聖騎士がわらわらと寄ってくる。奇妙なことにどの顔からも生気が感じられない。
潜んでいた家から現れた騎士により蹴破られた家の扉が足元をかすめて飛んでいく。それに対して無性に腹が立つ。ああ、その家は……
「ボンヴェさんの家に何しやがる、テメェ――!」
ミーミルの水を飲んだことで、樹槍の力は完全では無いにせよ充溢していた。増殖、収束、並びに変形と鋭化。
蔦で作られた奇妙な大鎌が姿を現した。刀身のみが緑の宝石のような光沢を見せている。
生成と同時に、首の真後ろに出現した刃は聖騎士の意表を完全に突いた。人界で最強の人間兵器であろうと、魔女の弟子の敵には値しない。
刈り取られた首が舞い上がり、血の雨を一時的に降らせる。胴体は噴水となり、僅かな時間だけ戦場のオブジェとして活躍した。
「こいつらを通して聞こえているか? 神器使い! この代償は当然貴様にも払わせてやるぞ! 俺が行くまで震えているが良い!」
聖騎士達が獣のように殺到してくる。それを見てももう怯えは無い。
ここからはただの殺戮作業だ。
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