前兆

 お決まりの暗渠の中でコウカは槍を振るっていた。

 今回の相手はどこぞの暗殺者。こうした相手への感覚が鋭いセネレと離れて行動していたのが災いして、予期せぬ戦闘に陥っていた。


 予期していない。予想していない。

 このところはそれが常に続いていく。故に流石の〈半端者〉とて、これが自分という存在に関わる事態なのだと確信した。したくなかったのだが、せざるを得なかった。


 確かに多少は名が売れた。そして金も得ただろう。

 だが所詮は小さな業界の出来事であり、コウカを表でも名の知られた存在に押し上げた訳でもない。

 だというのに、なぜか暗殺者が送り込まれてきた。

 狂っている。世界の道理がコウカの何かを認めていない。そして、コウカが他人と違う点はある人物との関わりに集約される。


「鬱陶しい! そんなに俺が邪魔なら責任者魔女の所へ行け!」


 相手は答えない。双剣を振るって、的確に急所を狙ってくる。

 暗殺者がべらべらとしゃべるはずもない。


 そして、何よりもこの刺客は何も知らないだろう。

 白銀翼竜を皮切りに、幾度も起こる不幸な遭遇戦。それら全てが偶然という点が、最悪の事態を予想させている。


 この刺客か、もしくは雇い主はなにかに突き動かされてコウカの命を狙ってきたのだ。つまりは偶然を利用した必然の襲撃。

 そして樹槍の言が確かならば、その黒幕は“運命”という名で呼ばれているらしい。


「吐き気がする。魔女に運命、どちらもお似合いのクソバカだ。そんなに互いが憎ければ直に殴り合ってくれ。俺を間に挟むな!」


 樹槍を狭い空間でぐるりと回転させる。それは暗殺者の意表を突いた。長物を使うのならばこうした場は確実に不利に働く。だからこの人物もここを襲撃の場所へと選んだはずだったのだ。


「!?……」


 最後まで何も言わぬまま、黒いローブ姿は切り離された胴体を眺めて崩れ落ちた。

 コウカは槍を回転させた時に、樹槍を細くして撓らせた即席の鞭刃を作り出して一瞬で勝負を決めたのだ。


 皮肉なことだが、サナギとなり能力を低下させたという樹槍により〈半端者〉の槍術は冴え渡ってきている。正確には修行時代のような超越の業へと戻りつつある。

 不死に近い生命力は油断を生む。当たっても最悪なんとかなると判断してしまうのだから、無理もないことだ。

 それが失われたことにより〈半端者〉は己の技量を最大限に活かす。精神的な卑小さを除いたならば、〈完璧なる者〉の対とされる力量は伊達ではない。

 

「本当に吐き気がする……あの魔女も、運命さんとやらもどうかしている……」


 何やら敵対しているらしいが、二者は徹底して前に出てこない。卑怯なのもいいだろう。外道なのも環境次第では仕方ないだろう。

 だが、刺客も己も自分の意志に関わらず戦わされていた。自分の意思通りに戦える人間などいないと分かってはいても、〈半端者〉には許容できない。


 コウカは苦しいよりは楽なほうが良い。小者? 自分勝手? 結構、結構。そもそもみんなそのために強くなるのではないのか!


 超常の存在の走狗と成り得る現状は、それをも否定してくる。誰かの意志で、誰かのために、誰かの力で戦わされるのだ。


 常にぐちゃぐちゃとした相反する感情を持つ〈半端者〉。これは彼の抱いた初めての義憤と言えた。


/


 拠点を隣町に移したい。そう言われた時、太った胴元は全く意味が分からないと言った顔になった。

 隣町の裏社会。そこはまだ首都たるダウンの顔役である胴元の支配下である。しかもこんな前途多難の国で首都から離れれば、近隣でも途端に田舎町へと変わる。単純に不便となるだけだ。

 胴元としても強力な戦士がわずかとは言え距離が離れてしまう。誰も得をしない申し出だ。それは希望してきた白髪頭からしてなのだ。


「よく分からねぇな。なんだってそんなことをする必要がある? まぁ斧女がそっちにいる以上は俺が言っても止めらんねぇが……損するだけだぞ」

「このところ、色々と問題があるんでね。ほとぼりが冷めるまではだらだらとしてようかな、と」


 近頃、揉め事に白髪頭が巻き込まれていること自体は知っていた胴元はそれ以上はなにも言わなかった。国との揉め事などのことを勝手に想像した結果だ。


 だが、その想像は大きく外れてはいない。

 コウカは最近感じる強力な気配、そしてタンロの国にいた経験から次の苦難が分かっている。

 ダウンはフォールンの首都である。つまりはここには神器使いがいるか、訪れる確率が非常に高い。

 

 そうなれば神威の影響を受ける彼らが、魔女の弟子に対してどう出るか?答えは分かりきっている。

 

 結局、胴元はあちらの街で仕事を受けた際の上前分をきっちりと取り決めただけで解放してくれた。

 そもそも白髪頭と斧女が組んでいる以上は、胴元が持つ札では魔女の弟子とその仲間を止められないのだ。


 コウカは出来るだけ周囲と仲間を巻き込まないために最善の行動をしたと信じていた。

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