水と樹
それはどんな偶然だったのか。
陳腐な言い回しを使うのなら運命の出会いとなるのだろうが、生憎と俺の運命は既に吸いつくされて無くなってしまった……らしい。
〈半端者〉らしく実感は半分しか無く、残りは樹槍からのまた聞きである。
ならばこの出会いには何の意志も働いていないのか? そう問われれば返事のしようもない。
それでも、俺と彼女は出会うべくして出会った。そんな気がしている。類は友を呼ぶ。〈半端者〉は〈半端者〉を惹きつけた。
悪人になりきれない俺は、善人になりきれない聖女と出会うのだ。
/
〈半端者〉コウカと彼女の出会い。そこから始まる騒動。
それは些細なことから始まった。
「きゃっ!……あ、すいません」
「いや……」
ごみごみしたフォールンの国らしい通りで、一人の女性と肩をぶつけた。
小さな衝撃で金を櫛った髪が流れて、甘い匂いを漂わせる。それもそこらのけばけばしい匂いではなく……花のように清らかな香りだった。
その匂いのせいか、気がつけば余計な真似をしてしまった。
女の後ろからガチャガチャと金属の音が響いて来たのを感知したことから、金髪の女性を路地裏の方に引っ張りこんでしまったのだ。
「あの……ありがとうございます……」
慌てた様子の兵士達をやり過ごしてから、声を潜めて言う女を改めて見て俺は思ったことをそのまま口に出した。
「しまった……余計な真似をした。またセネレに詰られる」
「?」
意味がわからないという風に小首を傾げる、線の細い女性。
顔をベールのような純白の薄布で隠して、服装は神官のような真っ白いローブ姿だ。何から何まで小汚い街から浮いている。
首都ならまぁ貴族の令嬢がお忍びというのもあるだろう。だが、ここは少しだけ中央から離れた街だ。領主の館ぐらいにしか貴族はいない。
そしてそうした者は大体、自分の庭から出ないものだ。なぜ好き好んで掃き溜めに繰り出す必要があるだろうか?
格好も貴族というよりは聖職者……それもシスターのような存在ではなく、巫女のように感じられる。
「いや……思わず引っ張ってしまったが、余計なことをしたか? と言ったんだ」
「いえ、助かりました。この服は走るのにあまり向いていないですね」
足先まで隠すような長さの白布を持ち上げる仕草はどこか品があった。
自らの格好だというのに随分と頓狂なことを言う女だった。どうも自分はおかしな頭の者に縁があるらしい。
「追われているのか? 罪人には見えんし、火遊びはほどほどにして家に帰った方が良いと思うぞ」
「ご忠告ありがとうございます。ですが……もう少し見てみたいのです。この国の人々を」
「……はぁ?」
まるで他国からの間諜のような話だが、そんな雰囲気はしない。
というよりも……姿が街から浮いている以上に、この女は世界から浮いている。そんな気がしてならない。それはまるで魔女の弟子たる自分にも似て……
「あんた……何者だ? 気配が下手な聖騎士より強い。それでいて全くすごそうには見えん……」
「私は……」
瞬間、背筋に怖気が走るのを感じた。
まだ遠いが強い気配。人の気配でありながら、馬のような速度で目まぐるしく動いているのを感じ取る。
自分よりも小さいが、安定したこの気配は……
「……聖騎士!」
俺が最も関わりたくない人種のひとつ。それが聖騎士だった。
神器使いの眷属たる彼らは、劣化した神威を行使する。身体能力の高さも普通の騎士とは比べ物にならない。
魔器使いである自分であってもたやすい相手ではないし、れっきとした所属のある相手とのドンパチは是非とも避けたい。
なぜだか様々な存在から戦いをふっかけられる昨今。神の走狗である彼らとは顔を合わせただけで戦闘になりかねないのだ。
瞬間的にコウカは更に入り組んだ路地へと向かうべく、家屋を飛び越す勢いで跳んだ。魔女の弟子であるコウカにとってはほんのわずかな力の発露に過ぎない。感知されることは無いだろう……
「ひゃあっ!」
「……ひゃあ?」
コウカは無意識に近くにいた白い女を捕まえたまま、飛んで逃げてしまっていた。それはフォールンの国を揺るがす事件の始まりだった。
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