地下街
門番の横を抜けると、コウカはあることに気付いた。
地下道なのか地下室と読んで良いのかは分からないが、ここは異常に広いということに。
通路の先々に小部屋のような空間があり、そこには様々な人々がたむろしていた。やたらに薄い服を着た女。蛇を肩にかけた男。隻腕ながら鋭い目つきの戦士。学者のように本を見る凶相のローブ姿。
…わけもなく、コウカはわくわくしてきていた。
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地下街と言っていい、光景に見とれているコウカをセネレが軽く叩いた。
「マナーその3。他人を詮索しない。いろんな傷を持った人がいるから」
「…あれだけ自己主張してるのに?」
「…それは時々思う」
まぁ多少納得が行かないことぐらいあるだろう。そう自分に言い聞かせようとしている間に灰の少女は先へと進んでしまう。
「目的地、分かってるのか?挨拶とか言ってたけど」
「大体は。聞いていたより随分と拡張されてるけど、特徴と合致する人はこれまでいない」
セネレはここで挨拶をするべき人物を知っているらしい。意外にも顔が広い…と奇妙な敗北感を味わうコウカを置いて、セネレはずんずん先へと行く。その様子はコウカでなければ分からないぐらいに微妙だが、得意げだ。
「お前が楽しげならそれでいいか」
「…?」
この少女にも随分と色々あるらしいが、何があっても半端者は受け入れるだろう。風見鶏にも魔女と出くわしたことで成長したものはあるのだった。
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何個目かの部屋を覗き込んだセネレが、通りすぎずに中へと入る。目的の相手を見つけたらしい、と察したコウカは子犬のようにセネレの後に続いた。
部屋には活気がある。酒が入っているのだろう。しかし、その状態でも隅の一角は静けさを保っていると、くればコウカにも顔役だと判別がついた。
小太りの男だ。一見するとそこらの気のいい商店主にしか見えない格好。手に持った布で楽しげに銀貨を磨いているが、その笑顔が張り付いたように変わらない。端的に言って不気味だった。
「座んなよ。お嬢ちゃん。名前を聞いておこう」
「“灰の首輪”」
「聞いた名だ。ふん?確か“牙抜け”だったか?この頃記憶が曖昧でどうにもいかんな…そっちが“鼻かぎ”が言っていた血なまぐさいやつか」
…あそこからどうやって先に情報が伝達されたのだろう?門番というからにはあの男が入り口を離れるわけもないだろうが…
「ああ、名は…」
前に出たコウカを顔役は手で制し、セネレを見やる。灰の首輪は静かに頷いた。
「今更俺が名付け親になるとはな…“白髪頭”でいいや」
「マナーその4。“隠れ家”では本名は隠す」
白髪頭…コウカは頭を自分で撫でる。魔女の世界で過酷な修行に耐えた…いや耐えきれなかった証だ。
「そのまんまじゃないか」
「そのまんまじゃないか?そのまんまじゃなけりゃ何の意味があるんだよ?真っ黒な頭をしたやつがお前の本名か、通名を名乗ればそいつは偽物だ、ってなる塩梅よ」
奇妙な風習があったものである。しかし、記録を残すわけにもいかない裏社会では単純なほど便利なのだろう。
「…で?“灰の首輪”は何しに来た?」
「挨拶と、仕事の筋を通すため」
「そりゃいい。この国は今、こんな有様だからな。腕が立つやつは大歓迎だ…ウェイトレスになりたいんじゃなければだがな」
何やら交渉が始まる…!がどうにもコウカには迂遠すぎて退屈に聞こえる。なによりも飽きてきていた。
ふ、と横目に一際活気があるのを見つけてそこに吸い寄せられていった。
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群れに混ざって見物する。
座っている状態でも分かるほどに背丈のある女がいた。コウカよりも頭一つから二つは高い。
褐色の肌に、ことさら女性を主張する鎧。黒緑の髪が手入れされずに伸びている。
「おぉし!次はどいつだ!今勝ちゃ、総取りだぞ!」
威勢の良い声は女性らしい高さも残っていながら、気風の良い声だ。面倒な男であるコウカでも、聞いているだけでつられて威勢が良くなりそうだ。
残った側が賭金を得ていく、単純な賭け。そしてこの女性が勝ち上がり、もう初期の面子はほとんど残っていない…そんなところのようだった。
「よし!今日の取り分は俺がいただく…!」
「おぉ?ちったぁ歯ごたえがありそうだな!その筋肉が飾りじゃないといいけどな!」
名乗りをあげたのは何故か上半身半裸の男。コウカは安酒場で見た顔だということをすっかり忘却していた。筋骨隆々の見本のようである。
二人が椅子に腰掛けて見合う…誰が見ても結果は明らかに思える。勝負は腕相撲のようだった。
「ガランクスか!こりゃ見ものだ…」
「バカがあの女…潰されるぞ」
「いや、わかんねぇぞ…エルマーも今日負けたからな…俺はあの姉ちゃんに賭けるぞ」
「夜飯代だからな、無難にガランクスに賭けるよ」
見物人は見物人で賭けをしているらしい。しかも飯代まで使うつもりだ。賭け事に馴染めないコウカだが、確かに勝負自体は見ものである。
周りの声に合わせて勝負が始まった!
「ぬぅおおお!」
最初から容易い相手ではないと分かっていたのか、男は裂帛の気合と共に前のめりに力を込めていく。
わっと群衆が湧く。
////
「そういや、あの“白髪頭”どこ行った?」
「…しまった」
セネレは相棒から目を離したことを後悔した。絶対に余計なことをしている。
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