拡散せし運命の消失
ろくでなしのコウカ
長々しい注意書きをどうにか見終えて、新人の冒険者らしい人物が説明を受けているのを聞いてから、コウカは結論付けた。「面倒クセェ」と。
「で、結局こうなるわけだ」
「…胴元が一番得をする。それはどこも同じ」
格付けだの、何だのと予想以上に規則が多かった。
コウカは土台、そういった集団生活ができない性質である。そもそも、それが出来ていたのならば、故郷で爪弾きにあっているわけはなかった。
コウカが特に納得がいかないのは、冒険者というよくわからない職業には組合があり、そこが全てを牛耳っているというところにある。
隠密行動を始めたセネレから抜かれる仲介金の額を聞いて、コウカはあっさりと真っ当な職で生きる決断を放り投げた。冒険者が真っ当かどうかは置いておくとして。
そして、現在カビっぽい下水道跡を下っている。
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セネレは古びた石造りの階段を滑るように降りていく。時折、横の石壁を探ってからまた進む。それを幾度も繰り返す。
コウカが興味を持ってセネレが探っていた辺りを覗き込むと、奇妙な文様が彫り込まれていた。
「なんだコレ?」
「“隠れ家”の印。どういうわけか、万国共通」
降りながら、セネレからコウカは説明を受ける。年齢が逆転した形だが、そこを気にかけるほどにコウカは矜持を持っていない。
「つまりは、ならず者の集まりがあるよってことか」
「あと、知っているだけの人が入らないようにするための警告でもある。巡回の兵士とかは大体知ってて、知らない振りをするようにできてる。…ついたよ」
セネレが指差したのは、水が枯れた排水口。人が入れるようには見えない。だが、そこはコウカも優れた戦士である。足元の違和感に気付いた。
「面白いな、石材の模様を描くだけでこうも見分けが付かないもんだ」
「基本的に明るいところに私たちはいない。暗がりはこういう利点もある」
排水口に嵌められた金属柵に目が行くが、そこから下をよく見ると床に木製の部分があった。扉である。
「…よく覚えておいたほうが良い。こういうところの隠れ家は洪水が来たりすると死ぬ」
「さっくり言うなよ、おっかねぇ」
溺死した場合、樹槍による復活は可能なのだろうか?コウカも考えたことが無かった。
地下への扉を開くと、中々しっかりした作りのハシゴが見えた。
「明かりを消して、入った後は扉を閉めるのがマナー」
「マナー、と来たか。ナイフとフォークの持ち手は表社会と同じでいいのか?」
軽口と共に身軽な二人はハシゴを一気に滑り落ちた。
新しい住人を迎え入れた後、入り口は見捨てられた廃水道の姿を取り戻した。
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降りた後、遠くに見える仄かな明かりを目指して、進もうとしたコウカは槍に手をかけた。それをセネレが手振りで制する。二人共、道の先…右へと曲がった角に人の気配があることに気付いていたのだ。
「マナー、その2。“隠れ家”の中では足音をわざと立てる」
「スープを飲むときも音を立てて良さそうでいいな」
いずれにせよ、こうした場合ではセネレが先達である。黙って従うのが筋だった。ついでに言えばコウカは死の危険自体を感知することには長けているが、能力上鈍くもなれる。得意技の範疇である。
角に近づく。足音を高く、ゆっくりと。
…角にいる人物は男、手には棍棒、痩せぎす。見もせずにコウカは判断した。
「雨が降った後は?」
くぐもった声がかけられる。相手を値踏みするような印象を受けるが、実際にその通りなのだろう。
「…カブがよく売れる」
「珍しいな。乞食のフリ役の子供には見ない顔だ」
「挨拶に来たばかりだから、でも符丁が古すぎない?」
「最近は懐古主義が流行ってるんだ。…実を言えば人の出入りが激しすぎて、新入りを絞ってる。あえて昔のを再利用してるんだ。そっちは?」
良くわからないやり取りを見守っていたコウカに、門番は水を向けた。
「後輩。ろくでなしだから、安心して?」
セネレの言葉に、痩せた背の高い男が近付く。三角帽をすっぽりと被っていて顔が分からない。
「ん~。確かに、血の匂いがするな。ここまで臭うやつは久々だが、ろくでもないやつなのは間違いない。いいぜ、入んな。止められることがあったら、“鼻かぎ”の名前を出せ」
言い終わると、男は再び元の位置に戻って動かなくなった。背後の壁と同化しているような佇まいだ。
「…良かったね。気に入られた」
「気に入られていいのか?」
「“隠れ家”では信用が大事。だけど相手は勘で決める」
姿形、経歴。そういったものは幾らでも偽装できる。それゆえに、最後にものを言うのは感覚という実に単純な信頼関係の構築方法だ。
「…ああ見えて、門番は大抵三番目くらいに偉い。気に入られて損は無い。コウカは彼の二つ名を使うことを許された。つまり、びっくりするぐらいここが似合っているということ」
「親戚にもそこまで気に入られたことはないな」
「…だからじゃない?」
親しくなるほどに、セネレは遠慮がなくなってきている気がしているコウカだった。
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